三井合名 理事長

三井合名の理事長


■明治42年(1909年)11月、日本初のホールディング・カンパニーである「三井合名会社」が設立され、社長に三井総領家第10代当主・三井八郎右衞門高棟(たかみね)が就任


■三井家以外では團琢磨(だん・たくま)など5名の参事のほか、益田孝(初代三井物産社長)が顧問に選任された


■1914年(大正3年)に益田孝の後任として三井合名会社理事長に團琢磨が就任し、三井財閥の総帥となる


■1932年(昭和7年)3月5日、東京日本橋の三越本店寄り三井本館入り口で血盟団の菱沼五郎に狙撃され、團理事長が暗殺される


■團が亡くなった後に、三井家の衆望を担って、池田成彬三井銀行常務が1933年(昭和8年)に合名筆頭常務理事に就任。合名筆頭常務理事は実質的な三井財閥総帥である


■同時に、三井物産の安川雄之助、三井鉱山の牧田環(たまき)、三井信託の米山梅吉の各氏が現職を兼ねて合名理事として入閣した


略歴・経歴(プロフィール)
■池田成彬(いけだ・せいひん)
【1867年~1950年】三井合名筆頭常務。山形県米沢市生まれ。慶応義塾卒後、米ハーバード大学に学び、時事新報社を経て三井銀行(現・三井住友銀行)入行。昭和8年、三井合名常務理事に就任して三井改革を断行。三井財閥近代化に功績を残した。昭和12年、日銀総裁。昭和13年、大蔵大臣(現・財務大臣)兼商工大臣。83歳で没。著書に「私の人生観」他。なお成彬の名は本来「しげあき」と呼ぶが、本人は「せいひん」を名乗った
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