帝人株式会社

帝人の歴代社長


秦逸三(創業者)
久村清太(創業者)

高木復亨
久村清太(1934年~1945年)
大屋晋三(1945年~1948年)※47年参議院議員。商工大臣など歴任
大屋晋三(1956年~1980年3月)※社長に復帰
徳末知夫(1980年3月~1983年)
高畑宗一
板垣宏(  ~1997年)
安居祥策(1997年6月~2001年11月)
長島徹(2001年11月~ 2008年6月)
大八木成男(2008年6月~2014年)
鈴木純(2014年4月~  )


■帝人株式会社(ていじん)は、大阪府大阪市中央区に本社(本店)を置く、日本の大手繊維事業者である

■帝人グループの中核企業であり、事業持株会社である

■UFJグループで、みどり会構成企業の一つであり、かつては宇部興産、日立造船と共に「三和御三家」と呼ばれていた

■創業者で米沢高等工業学校(山形大学工学部の前身)の講師でもあった秦逸三が久村清太と共に1915年(大正4年)に、当時閉鎖中であった山形県米沢市館山(現在は米沢市立第三中学校敷地)の米沢製糸場を買い取り、鈴木商店の子会社、東工業米沢人造絹糸製造所として設立されたのが帝人の始まりである


略歴・経歴(プロフィール)
■秦逸三(はた・いつぞう)
【1880年~1944年】日本で初めて人造絹糸(レーヨン)製造に成功した科学者・実業家。帝国人造絹糸(現・帝人の前身)共同設立者。広島県生まれ。現・山形大学工学部教授となり、研究室でビスコース人造絹糸(レーヨン)製造に専念する。研究費の不足から鈴木商店の金子直吉の援助を請け、1915年に大学の同窓であった久村清太の協力で製造所を立ち上げた。1918年、帝国人造絹糸株式会社(後の帝人)が設立されると取締役となり、ついには工業化に成功、日本の人絹工学のパイオニアとなった。これは大学発のベンチャー企業の先駆けとも言われる。1934年、常務取締役第二帝人社長。1942年同社顧問


略歴・経歴(プロフィール)
■久村清太(くむら・せいた)
【1880年~1951年】化学者、人造絹糸工業の開拓者、実業家、帝人会長、国際パルプ工業社長を歴任した。山形県酒田の生まれ。東京帝大工科大学応用化学科卒


略歴・経歴(プロフィール)
■大屋普三(おおや・しんぞう)
【1894年~1980年】帝人の社長を長年務めた。群馬県生まれ。東京高等商業(現・一橋大学)卒。旧鈴木商店を経て帝国人造絹絲(昭和37年帝人に社名変更)社長。戦後、政界に出て商工相、蔵相、運輸相を歴任。昭和31年に帝人に復帰して会長(兼社長)。85歳で死去するまでワンマン社長ぶりを発揮し続けた
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