山九株式会社

山九株式会社の歴代社長


初代:中村精七郎(創業者)
2代:中村雄一(1942年~1959年)初代社長の長男
3代:中村健二(1959年~1973年)初代社長の次男
4代:中村公三(1973年~1986年)初代社長の三男 
5代:中村公一(1986年3月~2016年3月)中村公三の長男
6代:中村公大(2016年4月~ )


■山九株式会社(さんきゅう)は、本店を福岡県北九州市門司区に、本社を東京都中央区勝どきに置く、大手総合物流企業である

■一般港湾運送事業、貨物自動車運送事業だけでなく、国際物流事業、倉庫事業、機工事業など幅広い物流サービスを提供している

■創業当時より新日鉄住金とは緊密な関係にあり、さながら新日鉄住金の物流部門の様相を呈している


略歴・経歴(プロフィール)
■中村公大(なかむら・きみひろ)
日本の経営者。山九株式会社6代目社長。昭和51年8月16日生まれ。東京都出身。成蹊大経卒業。山九入社。千葉支店長。2013年 取締役。2014年 専務。2016年4月1日 社長に就任
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中国電力株式会社

中国電力の歴代社長


2代:櫻内乾雄(1961年~1971年)
3代:山根寛作
4代:松谷健一郎( ~1989年)
5代:多田公煕(1989年~1995年6月)
6代:髙須司登(1995年6月~2001年6月)
7代:白倉茂生(2001年6月~2006年6月)
8代:山下隆(2006年6月~2011年)
9代:苅田知英(2011年6月~2016年3月)
10代:清水希茂(2016年4月~ )


■中国電力株式会社(ちゅうごくでんりょく)は、中国地方5県および島しょ部を中心とした周辺地域を営業区域とする電力会社である

■略称として中電(ちゅうでん)や、中国電、あるいは同社のブランド名でもあるEnerGia(エネルギア:ラテン語でエネルギーの意)が使われている


略歴・経歴(プロフィール)
■清水希茂(しみず・まれしげ)
日本の経営者。中国電力株式会社 10代目社長。昭和27年2月19日生まれ。広島県出身。阪大基礎工卒業。中国電力入社。2007年 執行役員。2009年 常務。2011年 副社長。2016年4月1日 社長に就任

ダイコー株式会社

ダイコー株式会社の社長


代表取締役社長:大西一幸


■ダイコー株式会社は愛知県稲沢市に本社を置く産業廃棄物処理業者である

■本社所在地:愛知県稲沢市奥田井之下町28番地1

■産業廃棄物処理業者 許可番号第02320040249

略歴・経歴(プロフィール)
■大西一幸
日本の経営者。ダイコー株式会社の代表取締役社長


■稲沢市(いなざわし)は、愛知県の北西部、濃尾平野中央部にある市である

■交通の便のよさからソニーグループや豊田合成などの工場が数多く立地する。東洋経済が挙げる2012年度「住みやすい街」ランキングで全国44位にランクインする

■江戸時代に美濃路の稲葉宿が置かれて以来、現在に至るまで交通の大動脈が通る

■尾張大国霊神社(国府宮神社)や矢合観音、善光寺東海別院は、尾張地方の人々から広く崇拝を集めている

東京海上日動火災保険

東京海上日動火災保険の歴代社長


高木幹夫(1957年~1966年)
樋口公啓(1996年6月~2001年6月)
石原邦夫(2001年10月~2007年6月)
隅修三(2007年6月~2016年3月)
北沢利文(2016年4月~ )


■東京海上日動火災保険株式会社(とうきょうかいじょうにちどうかさいほけん)は、日本の損害保険会社で東京海上ホールディングス(株) 傘下の子会社である

■保険料収入・損益とも長らく業界最大手であったが、他社の経営統合により、2010年以降、グループとしての保険料収入ベースではMS&ADインシュアランスグループホールディングスと損保ジャパン日本興亜ホールディングスに次いで3位となっている


略歴・経歴(プロフィール)
■北沢利文(きたざわ・としふみ)
日本の経営者。東京海上日動火災保険株式会社社長。長野県出身。1977年 東大経卒業。東京海上火災保険入社。2008年 東京海上日動あんしん生命保険常務取締役。2010年 同社社長。2016年4月1日 東京海上日動火災保険社長に就任

JBCC株式会社

JBCCの歴代社長


谷口数造(創業者)

山田隆司(2010~2012年)
東上征司(2012年~ )


■JBCC株式会社はITインフラ構築の大手。システム設計から開発、構築、運用まで行っている

■所在地:東京都大田区蒲田5-37-1 ニッセイアロマスクエア 15階

■創立:1964年4月

■設立年月日:1988年(昭和63年)4月1日

■1964年4月
日本ビジネスコンピューター(株)創業。小型コンピューターの先駆けとなるTOSBAC-1100Dを開発、販売

■1977年10月
日本ではじめて漢字処理のできるオフィスコンピューター「JBCシステム--1漢字」を開発、販売を開始

■2000年9月
株式を東京証券取引所市場第一部へ上場


略歴・経歴(プロフィール)
■東上征司
日本の経営者。JBCC株式会社社長。JBCCホールディングス株式会社社長。昭和33年2月4日生まれ。日本アイ・ビー・エム(株)入社。同社取締役専務執行役員グローバル・テクノロジー・サービス事業・システム品質担当。2012年4月 JBCC株式会社社長。2012年6月 JBCCホールディングス 社長

株式会社アジュバンコスメジャパン

アジュバンコスメジャパンの歴代社長


初代:中村豊(1990年4月~2016年6月)創業者
2代:松井健二(2016年6月~ )


■株式会社アジュバンコスメジャパンは化粧品等の商品企画、研究開発、販売をする会社である

■本社:兵庫県神戸市中央区下山手通五丁目5番5号

■市場情報:東証1部

■創業年月日:1990(平成2)年4月10日

■事業開始日:1992(平成4)年3月1日


略歴・経歴(プロフィール)
■中村豊(なかむら・ゆたか)
日本の実業家。株式会社アジュバンコスメジャパン創業者。1990年に化粧品販売の「みずふれんど」を設立。1998年に現社名に変更し、美容室向け化粧品の開発や販売に注力してきた。69歳(2016年1月9日現在)


略歴・経歴(プロフィール)
■松井健二(まつい・けんじ)
日本の経営者。株式会社アジュバンコスメジャパン社長。岡山県岡山市出身。東京都調布市立第五中学卒業。1995年 アジュバン関西販売(現アジュバンコスメジャパン)入社。取締役などを経て2011年6月から常務。2016年6月 社長に就任

エコートレーディング株式会社

エコートレーディングの歴代社長


高橋一彦(2001年3月~2016年2月)
豊田実(2016年3月~ )


■エコートレーディング株式会社は、ペット用品の卸売を主要事業とする商社である

■兵庫県西宮市鳴尾浜に本社を置く

■独立系で業界のパイオニアである。業界大手のペット用品卸である

■本社:兵庫県西宮市鳴尾浜2丁目1番23号

■売上高
単体:725億59百万円(2015年2月期)
連結:746億72百万円(2015年2月期)


■高橋一彦(たかはし・かずひこ)
日本の経営者。エコートレーディング株式会社社長を務めた。昭和32年2月14日生まれ。株式会社トーカンを経て、エコートレーディング株式会社に入社。名古屋営業所長、取締役、常務取締役営業本部長、専務取締役などを経て、2001年3月 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■豊田実(とよだ・みのる)
日本の経営者。エコートレーディング株式会社社長。昭和30年9月19日生まれ。東京都出身。1978年 学習院大経卒業。日清製粉入社。2015年 エコートレーディング入社。2015年5月 取締役副社長。2016年3月1日 社長に就任

トランコム株式会社

トランコムの歴代社長


武部宏(1989年6月~2005年6月)
清水正久(2005年6月~2016年3月)
恒川穣(2016年4月~ )


■トランコム株式会社は、愛知県名古屋市東区に本社を置く総合物流企業である

■主な事業は物流情報サービス事業とロジスティックスマネジメント事業、貨物運送事業、IT・アウトソーシング事業である

■社名の由来
「Transport(物を運ぶ・輸送)とCommunication(心の通い合い)を組み合わせたもの」


略歴・経歴(プロフィール)
■清水正久(しみず・まさひさ)
日本の経営者。トランコム株式会社社長を務めた。昭和25年6月23日生まれ。岐阜県出身。阪大経卒業。三井生命保険入社。1976年 愛知小型運輸(現トランコム)入社。2005年6月16日社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■恒川穣(つねかわ・ゆたか)
日本の経営者。トランコム株式会社社長。昭和36年4月29日生まれ。北海道出身。1986年 中大法卒業。2000年 トシン電機(現トシン・グループ)入社。2008年 トランコム入社。2011年 取締役。2016年4月1日 社長に就任

別子銅山 歴代支配人

別子銅山の歴代支配人


初代:広瀬宰平(住友初代総理事)

伊庭貞剛(別子銅山中興の祖)※広瀬宰平の甥


■別子銅山(べっしどうざん)は、愛媛県新居浜市の山麓部にあった銅山である

■1690年に発見され、翌年から1973年(昭和48年)までに約280年間に70万トンを産出し、日本の貿易や近代化に寄与した

■一貫して住友家が経営し(閉山時は住友金属鉱山)、関連事業を興すことで発展を続け、住友が日本を代表する巨大財閥となる礎となった


略歴・経歴(プロフィール)
■広瀬宰平(ひろせ・さいへい)
【1828年~1914年】明治期の実業家。初代住友総理人。別子銅山を近代化し、事業展開の基礎を築いた。1834年、別子銅山勤務の叔父・北脇治右衛門の養子となり、1836年 9歳のとき、叔父に従って別子銅山に登る。28歳のとき、住友家第10代当主・友視の推挙によって広瀬義右衛門の養子となり、38歳で別子銅山支配人となった。その間、仕事の合間に独学で漢学を修め、中国の古典によって事業経営の真髄を学ぶ。住友家の総理人(初代総理事)となり、家と事業を分離した


略歴・経歴(プロフィール)
■伊庭貞剛(いば・ていごう)
【1847年~1926年】住友合資第二総理事。1月5日近江(滋賀県)生まれ。明治12年司法省から住友入りし、大阪本店支配人。1890年、滋賀県選出初の衆議院議員。別子鉱業所支配人を経て、明治33年に住友総理事。鉄剛への進出をはじめ、産業勃興期に住友財閥の基礎を築いた。明治37年、57歳で隠退。79歳で没

住友 歴代総理事

住友財閥の歴代総理事


初代:広瀬宰平(1877年~1894年)
2代:伊庭貞剛(1900年~1904年)※広瀬宰平の甥
3代:鈴木馬左也(1904年~1922年)
4代:中田錦吉(1922年~1925年)
5代:湯川寛吉(1925年~1930年)
6代:小倉正恆(1930年~1941年)
7代:古田俊之助(1941年~1946年)


■近代の住友は、7人の総理事が事業の基礎を固め発展させた

■明治以降の住友の経営は、広瀬をはじめとする大番頭(総理事)にまかされた。以後伊庭貞剛、鈴木馬左也といった名総理事に恵まれ、銀行、倉庫、保険など多方面に進出した

■1946年、古田俊之助の退任以降は、総理事は置かれず、古田が最後の総理事となった


略歴・経歴(プロフィール)
■伊庭貞剛(いば・ていごう)
【1847年~1926年】住友合資第二総理事。1月5日近江(滋賀県)生まれ。明治12年司法省から住友入りし、大阪本店支配人。1890年、滋賀県選出初の衆議院議員。別子鉱業所支配人を経て、明治33年に住友総理事。鉄剛への進出をはじめ、産業勃興期に住友財閥の基礎を築いた。明治37年、57歳で隠退。79歳で没
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