JR東海

東海旅客鉄道の歴代社長


初代:須田寛(1987年~1995年)
2代:葛西敬之(1995年~2004年)
3代:松本正之(2004年~2010年)
4代:山田佳臣(2010年~2014年)
5代:柘植康英(2014年~ )


■東海旅客鉄道株式会社(とうかいりょかくてつどう)は、1987年に日本国有鉄道新幹線総局・静岡局・名古屋局から鉄道事業を引き継いだ旅客鉄道会社の一つである

■通称はJR東海(ジェイアールとうかい)

■東海道新幹線を軸として東海・甲信・近畿地方および神奈川県の一部に路線を持つ

■設立年月日:昭和62(1987)年4月1日

■本社:愛知県名古屋市中村区名駅一丁目1番4号 JRセントラルタワーズ


略歴・経歴(プロフィール)
■葛西敬之(かさい・よしゆき)
日本の経営者。東海旅客鉄道(JR東海)2代目社長を歴任。松田昌士、井手正敬とともに「国鉄改革3人組」と呼ばれ、日本国有鉄道の分割民営化を推進した。1940年10月20日新潟県で生まれる。東京で育つ。東京大学法学部卒業。国鉄に入社。アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校大学院卒業(経済学修士)。1987年 国鉄分割民営化により発足したJR東海の取締役総合企画本部長に就任。1995年 同社社長に就任
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うま屋ラーメン

株式会社ディ・エー・アイの社長


代表取締役:大喜多洋幸


■「うま屋ラーメン」は株式会社ディ・エー・アイが経営、フランチャイズチェーン店の加盟募集及び加盟店の指導業務を行っている

■所在地:愛知県春日井市下条町1148

■設立資本金:平成10年10月1日

■年商:14億円 (平成24年11月)

■グループ年商:30億円(平成24年11月)

■ねぎは九条ねぎの風味を損なわないように毎日必要な分だけを京都より直送。九条ねぎは甘みとやわらかさが特徴であり、白ねぎと違い緑の葉にはカロチンやビタミンBを多く含んでいる

■直営店舗
・春日井本店、瀬戸店、名東本通店、名北店、一宮店、彦根店、岐阜柳津店、岐阜各務原店、大治店、豊田元宮店、中川店、天白店、錦店

■FC加盟店
・高蔵寺店、千種猪子石店、稲沢店、春日店、星崎店、多治見店、小牧店、徳重店、羽島店、扶桑店、四日市日永カヨー店、愛西町方店、春日井朝宮店、可児店、大池公園店、 豊田浄水店、記念橋店、安城店

株式会社日刊現代

日刊現代の歴代社長


野間惟道( )※講談社5代目代表取締役社長
川鍋孝文(1980年~2007年)※日刊ゲンダイを創刊した
下桐治( )


■株式会社日刊現代(にっかんげんだい)は講談社系の出版社である

■所在地:東京都中央区築地3丁目5番地4号 中川築地ビル

■設立年月日:1975年(昭和50年)9月27日

■日刊ゲンダイを発刊している

■イギリスの大衆紙『ザ・サン』を参考に、センセーショナリズム、タブロイド判を特色として創刊された。紙面の構成は先行紙『夕刊フジ』に追随した

■即売が中心で、キヨスクなどの駅売りでは『夕刊フジ』や『東京スポーツ』と競っている


略歴・経歴(プロフィール)
■野間惟道(のま・これみち)
【1937年~1987年】日本の経営者。講談社5代目代表取締役社長、日刊ゲンダイ代表取締役社長。東京府(現・東京都)出身。旧姓は阿南(あなみ)。陸軍大将・阿南惟幾の五男


略歴・経歴(プロフィール)
■川鍋孝文(かわなべ・たかぶみ)
日本の経営者。株式会社日刊現代社長を務めた。講談社を経て1975年に日刊ゲンダイを創刊。1980年から2007年まで日刊現代の社長を務めた。2015年9月17日、食道がんのため79歳で死去

釧路新聞社

釧路新聞の歴代社長


初代:片山睦三(創設者)
2代:平川剛喜

春日井茂(2003年~2015年9月)※現職のまま死去


■釧路新聞(くしろしんぶん)、発行者名釧路新聞社は、釧路総合振興局管内と根室振興局管内を発刊エリアとする地方紙である。通称釧新(せんしん)

■本社所在地:北海道釧路市黒金町7丁目3番地

■創刊日:1946年11月27日

■明治期の歌人石川啄木が勤務した「釧路新聞社(2代目)」は現在の北海道新聞の前身であり、現在の釧路新聞社とは関係はない

■創刊以来、軸足を釧路、根室の地に定め、釧根をリードする生活情報誌として身近な情報を発信し続けている


略歴・経歴(プロフィール)
■春日井茂(かすがい・しげる)
日本の経営者。釧路新聞社社長を歴任。北海道帯広市出身。1975年に北大を卒業後、東京国税局に入局。札幌国税局を経て退職後、2000年に釧路新聞社顧問に就任。副社長を経て、2003年から社長。2015年9月18日午後、出張先の沖縄県宮古島市でシュノーケリング中の事故で死去。63歳。自宅は釧路市若草町17の2。喪主は妻、淳子さんが務めた

株式会社ハイデイ日高

ハイデイ日高の歴代社長


初代:神田正(1978年3月~2009年5月)※創業者
2代:高橋均(2009年5月~ )※神田正の義弟


■株式会社ハイデイ日高(ハイデイひだか)は、埼玉県さいたま市大宮区に本社を置く外食企業である

■低価格ラーメンチェーンの「日高屋」が主力事業である。全店舗で使用する食材を、機械化され少人数の社員で稼動する行田工場のセントラルキッチンで一元的に製造し、低価格を実現している

■また、メニューも、低価格なだけではなく、飽きの来ないシンプルでスタンダードなものにし、老若男女さまざまな客層が繰り返し来店するようにしている

■本社所在地:埼玉県さいたま市 大宮区大門町 3-105 やすなビル6F

■設立年月日:昭和53年3月22日


略歴・経歴(プロフィール)
■神田正(かんだ・ただし)
日本の実業家。株式会社ハイデイ日高の創業者。1941年埼玉県入間郡高萩村(現・日高市)生まれ。中学卒業後、本田技研工業などに勤めた後、浦和市(現・さいたま市)のラーメン店で働く。1978年3月有限会社日高商事を設立。1998年「株式会社ハイデイ日高」に商号変更。2006年8月東京証券取引所一部に上場。2006年3月デンマーク食品農業大臣賞を受賞

株式会社セレブレイン

セレブレインの社長


代表取締役社長:高城 幸司
代表取締役副社長:高橋敦子


■株式会社セレブレイン は人事・経営コンサルティングや人材紹介・キャリアコンサルティング事業を展開している

■所在地:東京都港区赤坂3-4-4 専修赤坂ビル2F


■設立:2000年10月


略歴・経歴(プロフィール)
■高城幸司(たかぎ・こうじ)
日本の経営者。株式会社セレブレイン代表取締役社長。1964年10月21日東京都生まれ。1987年同志社大学文学部卒業後、リクルート入社。学生時代に上海交通大学に留学。営業職として記録的なトップセールスに輝き、社内で創業以来歴史に残る「伝説のトップセールスマン」と呼ばれる。独立/起業の情報誌アントレの立ち上げに関わり、事業部長、編集長を経験。株式会社セレブレイン社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■高橋敦子(たかはし・あつこ)
上場企業2社で人事業務全般を経験した後、創業時の日本オラクルに入社。IT業界初の女性リクルーティングマネジャーとして活躍。社員の育成企画に携わる。その後キャリアチェンジプログラムによりベンチャー企業担当の営業ディレクターに就任し、人事システム関連製品の営業で実績をあげる。2000年に独立。株式会社セレブレインの副社長として、人事コンサルティング事業の統括管理および経営・上級管理職およびコア人材のサーチを担当する

三井合名 理事長

三井合名の理事長


■明治42年(1909年)11月、日本初のホールディング・カンパニーである「三井合名会社」が設立され、社長に三井総領家第10代当主・三井八郎右衞門高棟(たかみね)が就任


■三井家以外では團琢磨(だん・たくま)など5名の参事のほか、益田孝(初代三井物産社長)が顧問に選任された


■1914年(大正3年)に益田孝の後任として三井合名会社理事長に團琢磨が就任し、三井財閥の総帥となる


■1932年(昭和7年)3月5日、東京日本橋の三越本店寄り三井本館入り口で血盟団の菱沼五郎に狙撃され、團理事長が暗殺される


■團が亡くなった後に、三井家の衆望を担って、池田成彬三井銀行常務が1933年(昭和8年)に合名筆頭常務理事に就任。合名筆頭常務理事は実質的な三井財閥総帥である


■同時に、三井物産の安川雄之助、三井鉱山の牧田環(たまき)、三井信託の米山梅吉の各氏が現職を兼ねて合名理事として入閣した


略歴・経歴(プロフィール)
■池田成彬(いけだ・せいひん)
【1867年~1950年】三井合名筆頭常務。山形県米沢市生まれ。慶応義塾卒後、米ハーバード大学に学び、時事新報社を経て三井銀行(現・三井住友銀行)入行。昭和8年、三井合名常務理事に就任して三井改革を断行。三井財閥近代化に功績を残した。昭和12年、日銀総裁。昭和13年、大蔵大臣(現・財務大臣)兼商工大臣。83歳で没。著書に「私の人生観」他。なお成彬の名は本来「しげあき」と呼ぶが、本人は「せいひん」を名乗った

株式会社竹中工務店

竹中工務店の歴代社長


初代竹中藤兵衛正高(創業者)

竹中藤右衛門(1937年~1945年)※竹中家14代目
竹中錬一(1945年~1977年)※竹中家15代目。藤右衛門の息子
竹中宏平(1977年3月就任。8月急逝)※竹中家16代目
竹中錬一(社長に復帰)
竹中統一(1980年~2013年)※竹中家17代目。錬一の長男
宮下正裕(2013年~ )※創業家以外の初の社長


■株式会社竹中工務店(たけなかこうむてん)は、大阪市中央区本町に本社を置く大手総合建設会社である

■本社所在地:大阪市中央区本町4丁目1-13

■江戸時代前期の1610年に、織田信長の元家臣であった初代竹中藤兵衛正高が尾張国名古屋にて創業

■竹中工務店は1610年に創業以来、403年目にして宮下正裕が社長に就任することで創業家以外から初めてサラリーマン社長が誕生した


略歴・経歴(プロフィール)
■宮下正裕(みやした・まさひろ)
日本の経営者。株式会社竹中工務店社長。1946年6月27日生まれ。長野県出身。東京大学工学部都市工学科卒業。株式会社竹中工務店 入社。主に開発計画本部で主要都市の駅前再開発を手がける。開発計画本部長、取締役、常務取締役、副社長などを経て、2013年 社長に就任

加島屋 当主

加島屋の歴代当主


■大坂の豪商・加島屋の当主は代々「久右衛門」を名乗った。右の( )は生年没年


初代:広岡久右衛門正教まさのり(冨政)(1603年~1680年)
2代:広岡久右衛門正保まさやす(正吉)(1649年~1703年)
3代:広岡久右衛門正道まさみち(正中)(1687年~1720年)
4代:広岡久右衛門正喜まさのぶ(吉信)(1689年~1765年)
5代:広岡久右衛門正房まさふさ(1742年~1783年)
6代:広岡久右衛門正誠まさよし(1774年~1833年)
7代:広岡久右衛門正愼まさちか(1791年~1840年
8代:広岡久右衛門正饒まさあつ(1806年~1869年)
9代:広岡久右衛門正秋(1844年~1909年)※加島銀行初代頭取、大同生命初代社長
10代:広岡久右衛門正直(1890~1978年)※日本ゴルフ協会の理事


■加島屋は、鴻池(こうのいけ)屋と並び、江戸時代に経済の中心であった大坂を代表する大商人であった

■寛永の頃から大坂御堂前で米問屋を始め、両替商も兼営した。のちに「十人両替」に任命された。諸藩の蔵元・掛屋になり、大名貸で鴻池家と並び称された

■加島屋は「天下の台所」と言われる大坂で、多くの諸藩の御用を務めた豪商。その商いには、大きく三つあった。一つは、堂島米会所で米の売買を行う米仲買への事業資金の融資(いわゆる「入替両替」)。次に、御用を務める諸藩の蔵屋敷の管理人(いわゆる「蔵元」「掛屋」)。そして、最も大きな商いである諸藩への融資(いわゆる「大名貸し」)である

■明治維新には新政府に援助をするなどして、加島銀行を設立したが昭和恐慌により廃業した

連合 会長

連合の歴代会長


初代:山岸章(1989年~1995年)情報通信産業労働組合連合会出身
2代:芦田甚之助(1995年~1997年)ゼンセン同盟出身
3第:鷲尾悦也(1997年~2001年)日本鉄鋼産業労働組合連合会出身
4第:笹森清(2001年~2005年)全国電力関連産業労働組合総連合出身
5代:高木剛(2005年~2009年)全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟出身
6代:古賀伸明(2009年~2015年)全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会出身
7代:神津里季生(2015年~ )新日本製鉄(現新日鉄住金)の労組出身


■日本労働組合総連合会(にっぽんろうどうくみあいそうれんごうかい)は、日本の労働組合におけるナショナルセンターである

■略称は連合(れんごう)

■設立年月日:1987年(昭和62年)11月20日

■本部所在地:東京都千代田区神田駿河台3丁目2-11 連合会館(旧・総評会館)


略歴・経歴(プロフィール)
■古賀伸明(こが・のぶあき)
日本の労働運動家。日本労働組合総連合会6代目会長。1952年生まれ。福岡県出身。宮崎大学工学部卒業。1975年、松下電器産業に入社。松下電器産業労働組合産業中部支部分会執行委員、中部支部執行委員を経て中部支部書記長。1986年7月、中央執行委員、書記長、副中央執行委員長を経て1996年7月、中央執行委員長。2000年7月、全松下労働組合連合会(全松下労連)会長。2005年、日本労働組合総連合会(連合)事務局長。2009年、6代目連合会長


略歴・経歴(プロフィール)
■神津里季生(こうず・りきお)
新日本製鉄(現新日鉄住金)の労組出身。日本労働組合総連合会の事務局長を経て、2015年10月7日日本労働組合総連合会7代目会長に就任

株式会社ジーンズメイト

ジーンズメイトの歴代社長


創業者:西脇義信

西脇健司(1987年5月~2008年9月)
福井三紀夫(2008年9月~2010年2月)
西脇昌司(2010年2月~2015年9月)※西脇健司の長男
冨沢茂(2015年10月~ )


■株式会社ジーンズメイトは、ジーンズを中心に販売する衣料品チェーン店を展開する企業である

■設立年月:昭和35年10月

■本社所在地:東京都渋谷区元代々木町30-13 1F


略歴・経歴(プロフィール)
■西脇昌司(にしわき・まさし)
日本の経営者。株式会社ジーンズメイト社長を歴任。昭和47年1月6日生まれ。東京都出身。武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部卒業。平成7年三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。平成13年11月㈱ジーンズメイト入社。平成20年12月営業部長。平成21年5月取締役副社長(商品部・営業部管掌)。平成22年2月代表取締役社長


略歴・経歴(プロフィール)
■冨沢茂(とみざわ・しげる)
日本の経営者。株式会社ジーンズメイト社長。東京都出身。1986年(昭和61年)東京都立竹台高校卒業。1990年ジーンズメイト入社。2010年 執行役員。2015年 取締役。2015年10月1日 社長に就任

株式会社リソー教育

リソー教育の歴代社長


岩佐実次(1985年~2008年)※創業者
宮下秀一(2008年4月~ )※2012年6月死去
岩佐実次(~2013年9月)※会長兼社長
伊東誠(2013年9月~2014年2月)不適切な会計処理の責任をとり辞任
岩佐実次(2014年2月~2015年9月)※会長兼社長
天坊真彦(2015年10月~ )


■株式会社リソー教育は、首都圏を中心に事業展開をしている学習塾トーマスなどを運営する企業である

■本社所在地:東京都豊島区目白三丁目1番40号

■設立年月日:昭和60年7月6日


略歴・経歴(プロフィール)
■岩佐実次(いわさ・みつぐ)
日本の経営者。株式会社リソー教育創業者。昭和24年5月14日生まれ。滋賀県出身。1976年(昭和51年)早大一文卒業。1985年日本教育公社(現リソー教育)を設立し、社長に就任。2001年会長兼社長、2008年会長


略歴・経歴(プロフィール)
■天坊真彦(てんぼう・まさひこ)
日本の経営者。株式会社リソー教育社長。昭和39年11月2日生まれ。東京都出身。1990年(平成2年)東大文卒業。1995年 リソー教育に入社。2014年 取締役。2015年 代表取締役専務。2015年10月1日 社長に就任

セブン&アイ・ホールディングス

セブン&アイHDの歴代社長


村田紀敏(2005年9月~2016年)
井阪隆一(2016年~ )


■株式会社セブン&アイ・ホールディングスは、セブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂、そごう・西武などを傘下に持つ日本の大手流通持株会社である

■設立年月日:2005年9月1日

■所在地:東京都千代田区二番町8番地8

■事業内容
コンビニエンスストア、総合スーパー、百貨店、食品スーパー、フードサービス、金融サービス、通信販売、IT/サービスなど、各事業を中心とした企業グループの企画・管理・運営(純粋持株会社)

■2005年9月1日 株式会社セブン-イレブン・ジャパン、株式会社イトーヨーカ堂、株式会社デニーズジャパンの3社が株式移転により3社の持株会社として設立された

■代表取締役会長・CEO は鈴木敏文が就任


略歴・経歴(プロフィール)
■村田紀敏(むらた・のりとし)
日本の経営者。セブン&アイ・ホールディングス代表取締役社長・最高執行責任者(COO)。1944年2月11日、東京都で生まれる。法政大学経済学部卒業。1971年、イトーヨーカ堂に入社。1990年に取締役、1996年に常務取締役、2003年に専務取締役・専務執行役員。2005年9月にセブン&アイ・ホールディングス代表取締役社長・COOに就任する

東京ガス株式会社

東京ガスの歴代社長


高松豊吉(1909年就)
石渡敏一
岩崎清七
小池國三(1922年就)※山一証券の創業者
久米良作
井坂孝(1932年就)
太田半六(1944年就)
高田五郎(1946年就)
安西浩(1967年~1972年)
都留勝利(1972年~1976年)
村上武雄(1976年~1981年7月)
渡辺宏(1981年7月~1989年4月)
安西邦夫(1989年4月~1999年6月)※安西浩の次男
上原英治(1999年6月~2003年6月)
市野紀生(2003年6月~2006年4月)
鳥原光憲(2006年4月~2010年3月)
岡本毅(2010年4月~2014年3月)
広瀬道明(2014年4月~ )


■東京ガス株式会社は、東京都都市部とその隣接区域(関東地方1都6県の主要都市)を営業区域とする一般ガス事業者である

■総延長約6万kmのガス導管を持ち、都市ガス事業者として世界最大規模、日本国内最大手である


略歴・経歴(プロフィール)
■村上武雄(むらかみ・たけお)
【1919年~1981年】東京ガス元社長。兵庫県生まれ。神戸商大卒。東京ガス入社。資材・原材料畑のエースとして若い時代から活躍し、昭和48年に副社長。昭和51年に社長に就任。強烈なリーダーシップを発揮して東京ガスの近代化路線を推進。東京ガスの天皇と言われた。他方、経済同友会の理論派リーダーとしても幅広い活動をした。社長在職中に急逝。享年61歳

積水ハウス株式会社

積水ハウスの歴代社長


田鍋健(初代社長)
和田勇(1998年~2008年)
阿部俊則(2008年4月~ )


■積水ハウス株式会社(せきすいハウス)は、大阪府大阪市北区に本社を置く住宅メーカーである

■1960年、積水化学工業株式会社ハウス事業部を母体とし、積水ハウス産業株式会社を資本金1億円にて設立(1963年に積水ハウス株式会社に商号変更)

■現在は積水化学工業の連結対象からは外れている

■設立年月日:昭和35年8月1日


略歴・経歴(プロフィール)
■田鍋健(たなべ・まさる)
【1912年~1993年】積水ハウス初代社長。大阪市堂山生まれ。東京帝国大学経済学部卒。日本窒素肥料(現・チッソ)入社。戦後、子会社の役員を歴任したのち、昭和30年、積水化学工業専務。昭和38年、積水ハウス産業(現・積水ハウス)社長。平成4年、会長。80歳で没。勲二等瑞宝章


略歴・経歴(プロフィール)
■阿部俊則(あべ・としのり)
日本の経営者。積水ハウス社長。宮城県出身。東北学院大学文学部卒業後、積水ハウスに入社。東北営業本部長、執行役員、東京営業本部長委嘱、常務執行役員、首都圏本部長、取締役、専務執行役員などを経て2008年4月に社長就任

株式会社とくし丸

とくし丸の歴代社長


住友達也(創設者で代表取締役)


■株式会社とくし丸はスーパーに買い物に行けない高齢者の家を一軒一軒まわる、移動販売を行っている

■小さなトラックに詰め込んだ商品は、生鮮食品から生活雑貨まで実に1200点以上

■町の御用聞きとして高齢者と親密な関係を築き上げ、創業わずか3年で全国にサービスが広がっている

■所在地:徳島県徳島市南末広町2-95 あわわビル4F

■設立年月日:2012年1月11日

■資本金:1000万円

とくし丸の特徴
■「とくし丸」は軽トラックを利用し、しっかりした冷蔵庫が乗っているので、新鮮な、刺身、寿司、総菜、お肉、野菜、果物から、パン、お菓子、日用品(かさばるトイレットペーパーやティッシュまで!)と、店頭に並んでいる商品が購入できる

■基本的には、毎週2回、決まったコースを巡回している。月木、火金、水土のいずれかの曜日に訪問する

■スーパーの店頭価格と同じ値段のものもあるが、基本的には「+10円ルール」を採用している


略歴・経歴(プロフィール)
■住友達也(すみとも・たつや)
日本の経営者。株式会社とくし丸の創設者。1957 年、徳島県の土成町(どなりちょう)で生まれる。国立阿南高専卒業。1980 年 渡米(ロサンゼルス在住)。1981 年 タウン情報誌「あわわ」創刊。1984 年 株式会社あわわ設立。1988 年 株式会社アーサ設立。タウン情報誌「ASA」創刊。2012 年 移動スーパー「株式会社とくし丸」設立

加島銀行

加島銀行の歴代社長


広岡久右衛門正秋(加島銀行初代頭取)※大同生命初代社長
広岡恵三(加島銀行頭取を務める)※大同生命2代目社長

※加島銀行設立に貢献した人物に広岡浅子(女性実業家・教育者)がいる



■加島銀行(かしまぎんこう)はかつて存在した銀行である

■設立:1888年(明治21年)

■本店所在地:大阪府大阪市中央区

■江戸時代から続く大阪の豪商・加島屋の両替店を母体に1888年設立。金融財閥である広岡財閥の中核で、1902年には、大同生命保険の設立にも関与した

■昭和恐慌のあおりを受け経営危機に陥り、1937年廃業

■加島屋とは、江戸時代の大坂の豪商である。寛永の頃から大坂御堂前で米問屋を始め、両替商も兼営した。のちに「十人両替」に任命された。諸藩の蔵元・掛屋になり、大名貸で鴻池家と並び称された。明治維新には新政府に援助をするなどして、加島銀行を設立したが昭和恐慌により廃業した


略歴・経歴(プロフィール)
■9代目広岡久右衛門)(ひろおか・きゅうえもん)
【1844年~1909年】江戸時代三井家、鴻池家と共に隆盛を誇った大阪の加島屋の9代目当主。広岡久右衛門 (8代目)の三男。両替商でもあった加島屋を基に加島銀行を創立し、初代頭取に就任。その他大同生命初代社長に就任するなど、金融グループである広岡財閥の礎を築いた

東邦電力

東邦電力の歴代社長


初代:伊丹弥太郎(九州電燈鉄道出身、貴族院議員)
2代:松永安左工門(電力の鬼)
3代:竹岡陽一


■東邦電力(とうほうでんりょく)は日本の大正・昭和戦前期に存在した電力会社。五大電力(東邦電力、東京電燈、大同電力、宇治川電気、日本電力)の一つである

■東邦電力は、源流をたどると名古屋電燈→関西電気と九州電燈鉄道の二系統に分けることができる

■1942年、国家総動員法により1発電9配電体制に再編されることになり、東邦電力も解散し、日本発送電及び4配電会社(九州、関西、中部、四国)に事業を譲った

■日本発送電株式会社(にほんはっそうでん)は、1939年から1951年までの間に存在した日本の電力事業を司った特殊法人である


略歴・経歴(プロフィール)
■松永安左ェ門(まつなが・やすざえもん)
【1875年~1971年】電力中央研究所所長。長崎県壱岐郡生まれ。慶応義塾中退。日本銀行員、石炭商等を経て明治42年に福博電気軌道の設立に加わり、電気事業経営に関係。その後、九州電燈鉄道(現・九州電力)、旧東邦電力の経営に参画。戦後、電気事業再編成審議会会長に就任、国営電力会社を分割し、民営による九電力体制を築きあげた。トインビー「歴史の研究」の翻訳も手掛けた。95歳で没。署書に「松永安左ェ門著作集(6巻)」

大同生命保険株式会社

大同生命の歴代社長


初代:第9代広岡久右衛門
2代:広岡恵三

福本栄治
平野和男(1994年7月~1999年7月)
宮戸直輝(1999年7月~2004年3月)
倉持治夫(2004年4月~2010年3月)
15代:喜田哲弘(2010年4月~2015年3月)※T&D社長
16代:工藤稔(2015年4月~ )


■大同生命保険株式会社(だいどうせいめいほけん)はT&Dホールディングス傘下の日本の生命保険会社である

■加入者本位・堅実経営を創業の精神としている

■中小企業への販売に圧倒的強みを持つ

■社名は「小異を捨てて大同につく」に由来する

■本社所在地
・大阪市西区江戸堀1丁目2番1号
・東京都港区海岸1丁目2番3号

■設立年月日:昭和22年7月14日(相互会社としての法人設立日)


略歴・経歴(プロフィール)
■喜田哲弘(きだ・てつひろ)
日本の経営者。大同生命保険株式会社社長。株式会社T&Dホールディングス社長。1953年生まれ。大阪府出身。1976年 慶應大学法学部卒業。大同生命に入社。2003年 常務。2010年 社長。2015年4月1日 T&Dホールディングスの社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■工藤稔(くどう・みのる)
日本の経営者。大同生命保険株式会社 社長。大阪府出身。1978年 関西学院大学商学部卒業。大同生命に入社。2008年 常務。2014年 副社長。2015年4月1日 社長に就任

ラサ工業株式会社

ラサ工業の歴代社長


恒藤規隆(創業者)※地質学者。日本最初の農学博士の一人

関水和式
三橋義治( ~2001年6月)
大井厚博(2001年6月~2006年6月)
柳万雅徳(2006月6月~2011年6月)
庄司宇秀(2011年6月~ )


■ラサ工業株式会社は、日本の化学メーカーである

■祖業である肥料・鉱山・製錬・硫酸事業からは撤退しており、化成品、機械、電子材料を軸として事業を展開している

■本社所在地:東京都中央区京橋一丁目1番1号

■創業年月日:大正2年5月1日

■設立年月日:大正7年6月26日

■市場情報:東証1部

■事業内容:化成品、機械、電子材料


略歴・経歴(プロフィール)
■恒藤規隆(つねとう・のりたか)
【1857年~1938年】肥料の原料となる燐鉱を探して各地を調査し、沖大東島(ラサ島)で糞化石質燐鉱石(グアノ)を発見したことで知られる。大分県出身。駒場農学校(現東大農学部)卒業。農商務省でフェスカについて土性調査をおこなう。明治32年日本最初の農学博士。34年肥料鉱物調査所初代所長。退官後、ラサ燐鉱をおこし社長。土性図作成を指導し、「日本土壌論」にまとめた


略歴・経歴(プロフィール)
■庄司宇秀(しょうじ・たかひで)
日本の経営者。ラサ工業株式会社社長。宮城県出身。1971年 中大商卒業、ラサ工業入社。2006年 取締役、2010年 常務。2011年6月29日 社長に就任

サイバーディフェンス研究所

サイバーディフェンスの社長


代表取締役:廣中憲司
情報分析部部長:名和利男


■株式会社サイバーディフェンス研究所はセキュリティサービスを手がける日本電気株式会社(NEC)の子会社である

■元々は伊藤忠商事の社内のセキュリティ研究所であった

■設立年月日:2008年10月1日

■所在地:東京都中央区八重洲1-5-20 石塚八重洲ビル10階

■事業内容:セキュリティ診断サービス、セキュリティコンサルティング

■高度なセキュリティ技術をもったプロフェッショナル集団である

■確かな経験、技能、知識に基づいたペネトレーションテストなどのセキュリティ診断サービスや、セキュリティトレーニングサービスは、技術者の集団ならではのプロフェッショナル性とシナジーによって、個人情報、顧客情報など企業生命に関わる重要情報を最前線で防御するお客様のセキュリティ向上に効果的に貢献いている


略歴・経歴(プロフィール)
■名和利男(なわ・としお)
日本のサイバーセキュリティー技術者。サイバーディフェンス研究所上級分析官(情報分析部部長)。航空自衛官を経て、国内ベンチャー企業のマネージャーを務める。その後、サイバーディフェンス研究所に参加

千代田化工建設株式会社

千代田化工建設の歴代社長


大久保繁雄(初代)

久保田隆(2007年~2013年)
渋谷省吾(2013年4月~ )


■千代田化工建設株式会社(ちよだかこうけんせつ)は、日本の建設会社、エンジニアリング会社である

■日揮、東洋エンジニアリングと併せて「エンジニアリング御三家」と呼ばれる

■石油精製、石油化学、天然ガス液化などの大規模プラントの設計、調達、建設一括請負業務で国内外に多くの実績を持つ


■久保田 隆(くぼた・たかし)
日本の経営者。千代田化工建設株式会社社長を歴任。1946年、茨城県生まれ。1969年 東北大学工学部化学工学科卒業、千代田化工建設入社。1995年 海外第2プロジェクト本部 プロジェクト部長、1998年 取締役、2001年 常務取締役兼執行役員、2004年 取締役兼執行役員、2005年 常務取締役兼執行役員。2007年 社長就任


略歴経歴(プロフィール)・
■渋谷省吾(しぶや・しょうご)
日本の経営者。千代田化工建設社長。山口県出身。1976年大阪大学院修了。 千代田化工建設入社。2009年執行役員、2011年取締役、2013年4月社長に就任

株式会社ナイガイ

ナイガイの歴代社長


泉潔( ~2015年9月)
今泉賢治(2015年10月~ )


■株式会社ナイガイは紳士・婦人・子供靴下、パンティストッキングなど繊維製品の企画製造販売及び輸出入を行う企業である

■会社創立:1920年8月

■従業員(連結):280名(2015年1月31日現在)

■市場名:東証1部(上場年月日:1949年5月)

■本社所在地:東京都台東区柳橋2-19-6

■特色
靴下の老舗。ストッキング、靴下関連を中核に再成長図る。百貨店中心からSC等へ販路多角化を進めている

■社是
「豊かな人間生活の創造を目指し、誠実をもって信頼の輪を広げ、若々しい情熱と行動力に満ちて無限の可能性に挑戦する」

■福利厚生制度:各種社会保険・退職金・社員持株、全国に契約保養所


略歴・経歴(プロフィール)
■今泉賢治(いまいずみ・けんじ)
日本の経営者。株式会社ナイガイ 社長。東京都出身。1987年 早稲田大学社会科学卒業。ナイガイ入社。2008年 執行役員。2009年 取締役。2015年10月1日 社長に就任

尼崎紡績

尼崎紡績の歴代社長


初代:広岡信五郎
2代:木原忠丘衛
3代:福本元之助
4代:菊池恭三(合併後の大日本紡績の社長も務める)


■尼崎紡績(あまがさきぼうせき)は現在のユニチカの源流となる企業である

■1889年(明治22)6月、資本金50万円の有限責任会社として旧尼崎町の辰巳町に創立

■尼崎の商人本咲利一郎、梶源左衛門、大塚茂十郎、中塚弥平らに旧尼崎藩の士族が加わって、尼崎側28人、それに広岡信五郎(初代社長)・木原忠兵衛ら大阪の有力財界人17人が参加して発起した

■1918年(株)摂津紡績と合併、大日本紡績(株)と改称。菊池恭三が社長に就任

■1964年 ニチボー(株)と改称

■1969年 日本レイヨン(株)との合併によって、ユニチカ(株)が誕生した


略歴・経歴(プロフィール)
■広岡信五郎(ひろおか・しんじろう)
加島屋8代当主広岡久右衛門の次男、大阪屈指の分限者。早くから独立して広岡商店を興し絹布を営業、別に加島銀行を創立した。尼崎紡績(現・ユニチカ)の初代社長


略歴・経歴(プロフィール)
■菊池恭三(きくち・きょうぞう)
【1859年~1942年】明治、昭和時代前期の実業家。明治に始まった日本の産業近代化の先駆者の一人。伊予(いよ)(愛媛県)出身。工部大学校卒。ユニチカの源流となる企業、尼崎紡績創業時の技術者として招かれる。尼崎紡績社長、合併後の、大日本紡績(現・ユニチカ)社長を歴任。業界第一の規模に押し上げる。その後、三十四銀行頭取に就任、後の三和銀行誕生にも奔走、貴族院議員も務めた

大同特殊鋼株式会社

大同特殊鋼の歴代社長


初代:下出民義(1916年設立)
2代:福沢桃介(1917年就任)※創業者

嶋尾正(2010年6月~2016年6月)
石黒武(2016年6月~ )


■大同特殊鋼株式会社(だいどうとくしゅこう)は、量産型特殊鋼企業特殊鋼専業メーカーである

■本社所在地:名古屋市東区東桜一丁目1番10号アーバンネット名古屋ビル

■創業:1916年(大正 5年)8月19日

■設立:1950年(昭和25年)2月 1日

■市場情報:東証1部

■主要な事業内容
・特殊鋼鋼材
・機能材料
・磁性材料
・自動車部品
・産業機械部品 
・エンジニアリング
・流通・サービス

■大同特殊鋼の部活動は剣道部、ハンドボール部の専門部に始まり、バレーボール部、サッカー部、ラグビー部、陸上競技部などの準専門部も数多く活動している


略歴・経歴(プロフィール)
■下出民義(しもいで・たみよし)
【1862年~1952年】明治から昭和初期にかけて活動した日本の実業家、政治家、教育者。和泉国南郡岸和田城下(現・大阪府岸和田市)に生まれた。愛知県で石炭商として開業し、実業家福澤桃介の知遇を得て主として中京地方において電気事業を経営した。政治家としては名古屋市会議員、衆議院議員、貴族院多額納税者議員を歴任。また私財を投じて東邦商業学校(現・東邦高等学校)を創設した

阪急電鉄株式会社

阪急電鉄の歴代社長


初代:岩下清周(1907年~1915年)
2代:平賀敏(1915年~1927年)
3代:小林一三(1927年~1934年)
※1934年~1936年社長空席
4代:上田寧(1936年~1936年)
5代:佐藤博夫(1936年~1946年)
6代:太田垣士郎(1946年~1951年)※関西電力初代社長
7代:和田薫(1951年~1959年)
8代:小林米三(1959年~1969年)※小林一三の3男
9代:森薫(1969年~1978年)
10代:柴谷貞雄(1978年~1987年)
11代:小林公平(1987年~1993年)
12代:菅井基裕(1993年~1999年)
13代:大橋太朗(1999年~2003年)
14代:角和夫(2003年6月~2014年2月)
15代:中川 喜博(2014年3月~2017年3月)
16代:杉山健博(2017年4月~ )


※箕面有馬電気軌道→阪神急行電鉄→京阪神急行電鉄→阪急電鉄
※2005年 持株会社化に伴い、阪急電鉄から阪急ホールディングスに商号変更
※2006年 阪急ホールディングスから阪急阪神ホールディングスに商号変更


■阪急電鉄株式会社(はんきゅうでんてつ)は、大阪梅田と神戸・宝塚・京都を結ぶ鉄道を経営する大手私鉄である

■阪急阪神ホールディングスの子会社で、阪急阪神東宝グループに属する。略称は阪急


略歴・経歴(プロフィール)
岩下清周(いわした・せいしゅう)
【1857年~1928年】日本の実業家、銀行家。北浜銀行創業者。銀行家としてベンチャー企業への積極的な融資を行った。現在の長野県長野市松代町で生まれる。三菱商業学校(後の明治義塾)卒業。三井物産入社、パリ支店長、三井銀行本店副支配人、大阪支店長などを歴任。1897年 北浜銀行設立。1907年 箕面有馬電気軌道初代社長

ユニチカ株式会社

ユニチカの歴代社長


初代:広岡信五郎(ユニチカのルーツ尼崎紡績の初代社長)
初代:坂口二郎(1969年ユニチカが誕生し初代社長に就任)

田口圭太
大西音文(2004年~2009年6月)
安江健治(2009年6月~2014年6月)
注連浩行(2014年6月~ )


■ユニチカ株式会社は、本店を兵庫県尼崎市 に、本社を大阪市中央区 と東京都中央区 に置く、繊維メーカーである

■近年は繊維事業だけでなく高分子事業・機能材事業などにも進出している

■ユニチカグループの歩みは、1889年「尼崎紡績」の創業に始まる

■1918年以降は三大紡績のひとつとうたわれた「大日本紡績」として日本の繊維産業を支え続け、1969年「日本レイヨン」との合併によって、ユニチカが誕生した


略歴・経歴(プロフィール)
■坂口二郎(さかぐち・じろう)
【1895年~1975年】日本の実業家。ユニチカ初代社長。旧姓揖野。鳥取・米子の実業家坂口平兵衛 (初代)の女婿。島根県大田町出身。神戸高商、東京高商専攻部を各卒業。1921年 日本製糸支配人となり、1922年 常務に進み次いで副社長となったが、1942年7月 同社は日本レイヨンと合併、同年8月日本レイヨン常務、1946年 社長に就任。1969年 ニチボーと合併したユニチカの初代社長に就任

株式会社崎陽軒

崎陽軒の歴代社長


創業者:久保久行(4代目横浜駅長)

初代:野並茂吉(シウマイ王と呼ばれた)
2代:野並豊(1965年~1991年)
3代:野並直文(1991年~ )


■株式会社崎陽軒(きようけん)は、神奈川県横浜市西区に本社を置く、主に焼売(シウマイ)の製造販売ならびにレストラン経営をおこなう企業である

■横浜名物のシウマイ、駅弁の「シウマイ弁当」を製造、販売していることで有名である

■崎陽軒(きようけん)の社名は創業者の久保久行が長崎出身である事にちなみ、長崎の漢文風の美称である「崎陽」に由来する

■崎陽軒の工場見学の案内では、長崎にある場所で太陽が昇る岬という意味を持つ「崎陽岬」を由来と説明している

■1908年(明治41年)、4代目横浜駅長であった久保久行が、定年退職後、知人であった高橋善一(後の東京駅長)の薦めで横浜駅構内営業の許可を妻久保コトの名で得る

■1915年(大正4年)
横浜駅が平沼材木町に移転し、匿名組合崎陽軒と改組。支配人に野並茂吉が就任した


略歴・経歴(プロフィール)
久保久行
主に焼売(シウマイ)の製造販売ならびにレストラン経営をおこなう企業、株式会社崎陽軒の創業者。長崎県出身。4代目横浜駅長。定年後に崎陽軒を創業


略歴・経歴(プロフィール)
野並豊(のなみ・ゆたか)
日本の経営者。大正11年、横浜市生まれ。父は「シウマイ王」と称された崎陽軒初代社長の野並茂吉。満州から復員し、慶応大在学中から崎陽軒の業務に就き、昭和23年、崎陽軒常務。40年、社長。42年に「真空パックシウマイ」を発売、全国に知られる横浜みやげに。平成3年、会長。91歳で死去

迦陵園 理事長

社会福祉法人迦陵園の理事長


理事長:加藤美子
施設長:松浦弘和


■社会福祉法人迦陵園の所在地
・京都市左京区下鴨宮崎町109

沿革
■昭和27年:ろうあ児施設・迦陵園びんが寮を設立

■昭和34年:養護施設・迦陵園を設立 ろうあ児施設を休止

■昭和36年:社会福祉法人として認可

■昭和37年:ろうあ児施設を再開

■昭和49年:ろうあ児施設を休止 養護施設のみを継続して今日に至る

■養育理念
・子どもの命と人権を守る
・子どもらしく生活し成長できるように安全で安心な環境を提供する
・健康で豊かな心を育てるために子どもの心に寄り添う
・社会の一員となれるような子どもを育てる

■理事長挨拶
迦陵園で生活している子ども達は、親からの虐待や死別、経済的理由など様々な理由で入所してきています。そのため、一般の家庭で生活する子ども達に比べて多くの困難を抱えています。このような子ども達に対して、彼らの気持ちに寄り添いながら出来る限りの支援を行っていくことが私達の使命であり、そのためには安心できる環境の下で大人との良い体験を積み重ねていくことが最も重要なことだと考えています

川崎汽船株式会社

川崎汽船の歴代社長


初代:川崎芳太郎(1919年~1920年)
2代:松方幸次郎(1920年~1928年)
3代:鹿島房次郎(1928年~1933年)
4代:平生釟三郎(1933年~1935年)
5代:鋳谷正輔(1935年~1946年)
6代:君島興一(1946年~1949年)
7代:服部元三(1950年~1970年)
8代:足立護(1970年~1976年)
9代:岡田貢助(1976年~1980年6月)
10代:熊谷清(1980年6月~1985年6月)
11代:伊藤潔(1985年6月~1988年)
12代:松成博茂(1988年~1992年)
13代:南雲四郎(1992年~1994年)
14代:新谷功(1994年6月~2000年3月
15代:﨑長保英(2000年4月~2005年3月)
16代:前川弘幸(2005年4月~2010年3月)
17代:黒谷研一(2010年4月~2011年5月)
18代:朝倉次郎(2011年5月~2015年3月)
19代:村上英三(2015年4月~ )


■川崎汽船株式会社(かわさききせん)は、東京都千代田区に本社を置く(登記上の本店は兵庫県神戸市中央区)日本の大手海運会社である

■規模では、日本郵船・商船三井に次いで国内第3位である
(2014年3月末時点で583隻を運航)

■設立年月日:1919年(大正8年)4月5日


略歴・経歴 (プロフィール)
■平生釟三郎(ひらお・はちさぶろう)
【1866年~1945年】日本の実業家、教育者、政治家。 美濃国加納藩(現・岐阜市)生まれ。 高等商業学校(現・一橋大学)を首席で卒業。高等商業学校付属主計学校助教諭 、 兵庫県立神戸商業学校(現・兵庫県立神戸商業高等学校)校長を経て、1894年、東京海上保険(現・東京海上日動火災保険)に入社、同社再建に貢献。1933年、川崎造船所(現・川崎重工業)社長。貴族院議員、文部大臣、日本製鐵(現・新日本製鐵)会長などを歴任。現・甲南大学・甲南高等学校・中学校、甲南病院なども設立した
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