三菱地所株式会社

三菱地所の歴代社長


渡辺武次郎(1952年5月~1969年5月) ※中興の祖
中田乙一(1969年5月~1980年6月)
伊藤達二(1980年6月~1987年6月)
髙木丈太郎(1987年6月~1994年6月)
福澤武(1994年6月~2001年4月)※福澤諭吉の曾孫
髙木茂(2001年4月~2005年6月)
木村惠司(2005年6月~2011年4月)
杉山博孝(2011年4月~2017年3月)
吉田淳一(2017年4月~ )


■三菱地所株式会社は、日本の大手不動産会社。総合デベロッパーとして、三井不動産と共に業界の双璧を成している

■丸ビルや新丸ビル等のオフィスビルのプロパティマネジメントを担う三菱地所プロパティマネジメントや、住宅事業を担う三菱地所レジデンス、設計事業を担う三菱地所設計等をグループ内に有する

■設立年月日:1937年5月7日

■本店:東京都千代田区大手町1-6-1 大手町ビル


略歴・経歴(プロフィール)
■杉山博孝(すぎやま・ひろたか)
日本の経営者。三菱地所株式会社社長。1949年7月1日生まれ。東京都出身。 東京都立新宿高等学校卒業。一橋大学経済学部卒業、三菱地所株式会社 に入社。経理部配属。長く人事部門を歩んだ後、グループ企画部長、経理部長、総務部長などを務め、事業再編にあたった。2011年4月に代表取締役社長に就任
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スチューデント・サポート・フェイス

スチューデント・サポート・フェイスの代表理事


谷口仁史(設立者で代表理事)


■特定非営利活動法人NPOスチューデント・サポート・フェイス

■設立
平成15年7月5日(設立)
同年10月23日(法人化)

■事業内容
①アウトリーチ(訪問支援)事業
②コネクションズ事業
③教育支援事業
④キャリア形成支援事業
⑤メンタルヘルス事業
⑥支援ネットワーク事業
⑦シンクタンク事業

■【武雄市事務所】
・佐賀県武雄市武雄町大字武雄7255
・佐賀県武雄市武雄町大字昭和3番6号昭和ビル1階

■【佐賀市事務所】
・佐賀県佐賀市白山2丁目2−7


略歴・経歴(プロフィール)
■谷口仁史(たにぐち・ひとし)
NPO法人「スチューデント・サポート・フェイス」設立者。1976年、佐賀県武雄市生まれ。佐賀大文化教育学部卒業。NPO「スチューデント・サポート・フェイス」を立ち上げ、訪問支援を続ける。時間をかけて本人周辺の人間関係を構築する手法は「佐賀方式」として知られ、立ち直り成功率は9割に上る

小林製薬株式会社

小林製薬の歴代社長


小林忠兵衛(創業者)

初代:小林吉太郎(1919年~1948年)
2代:小林三郎(1948年~1958年)
3代:小林映子(1958年~1976年)
4代:小林一雅(1976年~2004年)
5代:小林豊(2004年~2013年)
6代:小林章浩(2013年~ ) 


■小林製薬株式会社(こばやしせいやく)は、大阪市中央区道修町四丁目に本社を置く、医薬品と衛生雑貨(トイレタリー)の企画・製造・販売をおこなう日本の企業である

■本社所在地:大阪市中央区道修町4丁目4番10号KDX 小林道修町ビル

■設立年月日:大正8年8月22日

■主な事業:医薬品、医薬部外品、芳香剤、衛生材料などの製造販売を行う製造販売事業

■コーポレート・スローガンは「"あったらいいな"をカタチにする」

■創業者の小林忠兵衛が1886年(明治19年)に名古屋市で「小林盛大堂」を開き、雑貨・化粧品・洋酒の販売を始めたのが始まり

■2年後には薬品卸部門を設立し、タムシチンキなどの薬品の販売を開始

■1919年(大正8年)には、大阪に進出し、本社を設置

富国生命

富国生命保険相互の歴代社長


初代:根津嘉一郎(1923年~1940年)※東武グループ創業者
2代:吉田義輝(1940年~1943年)
3代:小林中(1943年~1951年)
4代:佐竹次郎(1951年~1953年)
5代:森武臣(1953年~1971年)
6代:古屋哲男(1971年~1991年)
7代:小林喬(1991年~1998年)
8代:秋山智史(1998年~2010年)
9代:米山好映(2010年~ )


■富国生命保険相互会社(ふこくせいめいほけん)は、日本の生命保険会社である

■略称はフコク生命

■創立:大正12年11月(1923年)

■所在地:東京都千代田区内幸町2-2-2

■事業内容
・個人・企業向けの保険商品の販売と保全サービス、財務貸付・有価証券投資など


略歴・経歴(プロフィール)
■根津嘉一郎(ねづ・かいちろう)
【1860年~1940年】東武グループ創業者。衆議院議員(4期)、貴族院議員を務める。東武鉄道や南海鉄道(現・南海電気鉄道)など日本国内の多くの鉄道敷設や再建事業に関わり「鉄道王」と呼ばれた。教育事業も手がけ、旧制武蔵高等学校(現・武蔵中学校・高等学校)を創立。現・山梨県山梨市生まれ

日本生産性本部 会長

日本生産性本部の歴代会長


初代:石坂泰三(1955年 - 1956年)※東芝社長
2代:足立正(1956年 - 1972年)※日本商工会議所会頭
3代:郷司浩平(1972年 - 1986年)※(財)日本生産性本部 理事長
4代:平田富太郎(1986年 - 1992年)※日本社会事業大学 学長
5代:亀井正夫(1992年 - 2002年)※住友電気工業社長
6代:牛尾治朗(2003年 - 2014年)※ウシオ電機創業者
7代:茂木友三郎(2014年 - )※キッコーマン社長


■公益財団法人日本生産性本部(にほんせいさんせいほんぶ)は、日本のシンクタンクである。旧経済産業省所管

■事業内容
「社会経済システム」と生産性に関する調査研究、情報の収集及び提供・普及・啓発、研究会・セミナー等の開催、教育訓練、内外関係機関との交流・協力などを行っている


略歴・経歴(プロフィール)
■郷司浩平(ごうし・こうへい)
【1900年~1989年(明治33年~平成元年)】日本生産性本部会長。大分県生まれ。青山学院神学部卒後、米ユニオン神学校、コロンビア大学に留学。帰国後、経済ジャーナリストとなり、「経済情報」他の編集長を歴任。昭和21年、経済同友会事務局長。昭和30年、日本生産性本部専務理事。昭和43年、会長。89歳で没

株式会社ホテルオークラ

ホテルオークラの歴代社長


荻田敏宏(2008年5月~ )


■株式会社ホテルオークラは、日本のホテル運営会社である

■同社のグループが運営するホテルオークラ東京(虎ノ門二丁目)は、日本では「老舗ホテル」とされており、帝国ホテル東京、ホテルニューオータニとともに、ホテルの「御三家」と称される

■所在地:東京都港区虎ノ門 2-10-4

■創立年月日:昭和33年(1958年)12月11日

■ホテル開業:昭和37年(1962年)5月20日


略歴・経歴(プロフィール)
■大倉喜八郎(おおくら・きはちろう)
【1837年~1928年】大倉財閥創始者。越後国北浦原郡新発田(しばた)(現・新潟県新発田市)生まれ。江戸で商人就業ののち鉄砲店を開き戊辰戦争(慶応4年=明治元年)で巨利をうる。明治5年貿易商の大倉組商会を創業。中国、旧満州、朝鮮に進出して大倉財閥を形成した。大倉商業学校(現・東京経済大学)創立者。91歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■荻田敏宏(おぎた・としひろ)
日本の経営者。株式会社ホテルオークラ社長。1964年生まれ。1987年ホテルオークラ入社。1993年コーネル大学ホテル経営学部修士課程修了。事業部で新規事業と子会社管理、財務・経理を担当。2004年から執行役員。フロンティアホテルつくばの専務・総支配人を経て2008年5月 社長に就任

日本BS放送株式会社

日本BS放送の歴代社長


目時剛(2008年8月~2015年11月)
斎藤知久(2015年11月~ )


■日本BS放送株式会社(にっぽんビーエスほうそう)は、日本の衛星基幹放送事業者の1つで、株式会社ビックカメラの連結子会社である

■所在地:東京都千代田区神田駿河台2-5

■設立:1999年(平成11年)8月23日

■1999年8月 衛星放送の番組及び普及に関する調査研究を目的として、東京都豊島区高田に日本ビーエス放送企画株式会社を設立(資本金1億円)

■1999年11月 日本ビーエス放送株式会社に商号を変更

■2007年 日本BS放送株式会社に商号を変更

■2015年 東京証券取引所市場第一部に上場


略歴・経歴(プロフィール)
■斎藤知久(さいとう・ともひさ)
日本の経営者。日本BS放送株式会社 社長。大分県出身。1971年(昭和46年) 明治学院大学経卒業。1978年 小西六写真工業(現・コニカミノルタ)入社。2009年 ビックカメラ入社。2013年 日本BS放送副社長。2015年 代表取締役会長。2015年11月25日 社長に就任

日本アイ・ビー・エム株式会社

日本IBMの歴代社長


椎名武雄(1975年~1993年)
北城恪太郎(1993年~1999年)
大歳卓麻(1999年~ )
マーティン・イェッター(2012年~2015年)
ポール与那嶺(2015年~ ) 


■日本アイ・ビー・エム株式会社は、米IBMの日本法人。米IBMの100%子会社である有限会社アイ・ビー・エム・エーピー・ホールディングス日本法人の100%子会社であり、米IBMの孫会社にあたる

■日本IBMは外資系の100%子会社で、創立は戦前の1937年、多数の日本人従業員を抱え国内企業との合弁を含む多数の関連会社を展開している、コンピュータ関連サービス企業である

■本社所在地:東京都中央区日本橋箱崎町19-21

■設立年月日:1937年(昭和12年)6月17日


略歴・経歴(プロフィール)
■北城恪太郎(きたしろ・かくたろう)
日本アイ・ビー・エム元社長。経済同友会終身幹事。1944年4月21日生まれ。東京都出身。慶應義塾大学工学部卒業後、日本アイ・ビー・エム入社。1993年代表取締役社長に就任。1994年 経済同友会幹事

ハウスメッツガー・ハタ 店主

ハウスメッツガー・ハタの歴代店主


初代:畑弘
2代:畑肇(畑弘の息子)


■畑肇は、入手ルート確保に12年かかったこだわりの肉や、本場ドイツで金賞を取る自家製ソーセージやハムを販売している

■専門店としてのプライドを胸に、最上のものを出すことにこだわる姿勢を貫いている

■ハウスメッツガー・ハタ所在地:神奈川県川崎市麻生区金程1-34-8

■2015年8月24日放送のNHKプロフェッショナルに取り上げられた


略歴・経歴(プロフィール)
■畑肇(はた・はじめ)
神奈川県川崎市で精肉店を経営。ハウスメッツガー・ハタ2代目店主。神奈川県川崎市出身。東京農業大学第一高等学校を経て、東京農業大学へ進学。31歳の時にドイツに修業に行く。父親の後を引き継ぎ、ハウスメッツガー・ハタ2代目店主に就任

カフェ・バッハ 店主

カフェ・バッハの店主


田口護(カフェ・バッハ店主)
田口文子(カフェ・バッハ店主)※護の妻


■カフェ・バッハ所在地:東京都台東区日本堤1-23-9

■1968年に夫婦2人で、小さな喫茶店を開業した

■1985年 取材アフリカ原産地訪問に始まり、セミナー講師、『自家焙煎技術講座』執筆、自家焙煎行脚と続く80年前半に広い意味でのコーヒーに関する理論技術を完成

■1990年代は、主に自分が知ったこと得たことを教え普及することに努める。積極的にマスコミにも登場

■異例なこととしては、1990年NTT東京市内局番4桁変更テレビCMに起用、中井貴一と共演した

■2009年 田口、グループオーナーと中米産地視察


略歴・経歴(プロフィール)
■田口護(たぐち・まもる)
カフェ・バッハ店主。数十年来世界を飛び回って豆を知り、ばい煎を極め、海外でも『レジェンド』と評される存在。1938年札幌で生まれる。1968年、カフェ・バッハ開店。1972年、自家焙煎を始める。2000年 沖縄サミット、首里城首脳晩餐会にコーヒーを提供。著書『コーヒー味わいの「コツ」』(柴田書店)他、多数ある

SBIホールディングス

SBIホールディングスの歴代社長


初代:北尾吉孝(創業者で社長)


■SBIホールディングス株式会社(エスビーアイホールディングス)は、日本の金融持株会社である

■本社所在地:東京都港区六本木一丁目6番1号

■事業内容:株式等の保有を通じた企業グループの統括・運営等

■設立:平成11年7月8日

■商号のSBIは、元々ソフトバンクグループの金融関連企業として設立されたため「SoftBank Investment」の略であったが、その後同グループを離脱し「Strategic Business Innovator(戦略的な事業の革新者)」の略に変更した

■主な経営陣(2015年8月23日現在)
代表取締役 執行役員社長:北尾吉孝
代表取締役 執行役員副社長:川島克哉
代表取締役 執行役員副社長:中川隆


略歴・経歴(プロフィール)
■北尾吉孝(きたお・よしたか)
日本の実業家、SBIホールディングス株式会社代表取締役執行役員CEO。1951年兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、野村証券に入社。事業三部長を経て、95年にソフトバンクに入社、常務取締に就任。その後、SBIホールディングスCEOに就任

丸紅株式会社

丸紅の歴代社長


初代:市川忍(1949年12月~1964年5月)
2代:檜山廣(1964年5月~1975年5月)
3代:松尾泰一郎(1975年5月~1981年5月)
4代:池田松次郎(1981年5月~1983年4月)
5代:春名和雄(1983年4月~1987年6月)
6代:龍野富雄(1987年6月~1992年8月)
7代:鳥海巖(1992年8月~1999年4月)
8代:辻亨(1999年4月~2003年4月)
9代:勝俣宣夫(2003年4月~2008年4月)
10代:朝田照男(2008年4月~2013年3月)
11代:國分文也(2013年4月~ )


■丸紅株式会社(まるべに)は、芙蓉グループの大手総合商社であり、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事と並んで日本を代表する総合商社である

■1858年、初代伊藤忠兵衛が麻布の「持下り」行商を開始したことをもって創業としている

■そのため、同業の伊藤忠商事株式会社とは同根

■その後、いったん伊藤忠と分割されたものの、戦時中に再度合併(大建産業)、戦後の財閥解体措置により再度両社は分割され、1949年に現在と直接つながる丸紅株式会社が設立された

■本社:東京都千代田区大手町一丁目4番2号

■創業:1858年5月

■設立:1949年12月1日

株式会社TSUTAYA

TSUTAYAの歴代社長


増田宗昭(創業者で代表取締役社長)


■会社名:株式会社TSUTAYA(ツタヤ)

■設立:2014年12月1日

■事業内容:生活提案の場としての「TSUTAYA」の企画並びにFC展開事業

■所在地:東京都渋谷区南平台町16番17号

■主要株主:カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(100%)


略歴・経歴(プロフィール)
■増田宗昭(ますだ・むねあき)
日本の実業家。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社の創業者。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社会長、株式会社ディレク・ティービー社長、株式会社TSUTAYA社長、株式会社アイ・エム・ジェイ会長、株式会社デジタルスケープ会長などを歴任。1951年1月20日、大阪府枚方市に生まれる。同志社大学経済学部卒業。株式会社鈴屋に入社し、軽井沢ベルコモンズの開発の他、店長・販促ディレクターなどを歴任。1983年に同社を退社し、「TSUTAYA」の前身「蔦屋書店」を枚方市で創業した。著書『情報楽園会社―TSUTAYAの創業とディレクTVの起業』『デジタルシティ―渋谷「QFRONT」プロジェクトへの思索』

宝ホールディングス

宝ホールディングスの歴代社長


大宮久(1993年~2012年)※宝酒造中興の祖
柿本敏男(2012年~  )


■宝ホールディングス株式会社(たからホールディングス)は、京都府京都市に本社を置く日本酒を中心とした酒類製造メーカー宝酒造やタカラバイオなどを傘下に持つ持株会社である

■設立年月日:大正14年9月6日

■本社所在地:京都市下京区四条通烏丸東入長刀鉾町20番地


略歴・経歴(プロフィール)
■大宮久(おおみや・ひさし)
宝酒造元社長。宝酒造中興の祖である、大宮庫吉の孫。1943年、京都府生まれ。同志社大学商学部を卒業し、米国ノースウエスタン大学大学院に留学。帰国後、68年9月宝酒造入社。93年代表取締役社長に就任。京都経営者協会会長。囲碁は日本棋院5段


略歴・経歴(プロフィール)
■柿本敏男(かきもと・としお)
日本の経営者。三重県出身。三重県立大水産学部(現・三重大生物資源学部)卒業。1973年 宝酒造(現・宝ホールディングス)入社。取締役、常務、副社長を経て2012年6月 社長に就任

DOWAホールディングス

DOWAホールディングスの歴代社長


藤田伝三郎(創業者)※藤田財閥の創立者

吉川広和
山田政雄(2009年6月~ )


■DOWAホールディングス株式会社(どうわホールディングス)は、非鉄金属の製錬、加工、環境・リサイクルを主たる業務とする

■DOWAグループの持株会社

■旧社名同和鉱業

■かつては「藤田組(ふじたぐみ)」と呼ばれて藤田財閥の中核企業であった

■創業:1884年9月18日

■設立:1937年3月11日

■本社所在地:東京都千代田区外神田四丁目14番1号 秋葉原UDX 22F

■主な事業内容
環境・リサイクル事業、製錬事業、電子材料事業、金属加工事業および熱処理事業


略歴・経歴(プロフィール)
■藤田傳三郎(ふじた・でんざぶろう)
【1841年~1912年】日本の実業家。明治時代の関西財界の重鎮で、藤田財閥の創立者である。建設・土木、鉱山、電鉄、電力開発、金融、紡績、新聞、などの経営を手がけ、今日の多くの名門企業の前身を築いた。現在の山口県萩市出身。元奇兵隊士

テンポスバスターズ

テンポスバスターズの歴代社長


初代:森下篤史(創業者)
2代:森下和光(森下篤史の実弟)
3代:平野忍(2013年7月~ )


■株式会社テンポスバスターズは、厨房機器等を販売している企業である

■中古厨房機器のリサイクル販売・新品安売り販売、店舗設計・内装工事や店舗用不動産の紹介を手掛ける

■子会社に飲食店事業の「あさくま」を持つ

■所在地:東京都大田区東蒲田2-30-17

■設立:平成9年3月

■2002年12月ジャスダック上場

■競争が激しい飲食業界を支えるビジネスで、業績を拡大してきた


略歴・経歴(プロフィール)
■森下篤史(もりした・あつし)
日本の実業家。中古厨房機器を販売する「株式会社テンポスバスターズ」の創業者。1947年生まれ。静岡県出身。静岡大学教育学部卒業。東京電気(現東芝テック)に入社。1983年、共同精工(現キョウドウ)設立。1997年、「テンポスバスターズ」を設立。2002年12月ジャスダック上場


略歴・経歴(プロフィール)
■平野忍(ひらの・しのぶ)
日本の経営者。中古厨房機器を販売する、株式会社テンポスバスターズ3代目社長。福岡県出身。1992年(平成4年)福島大経卒業、大和実業(現ダイワエクシード)入社。2005年 テンポスバスターズ入社。2011年 西日本・東海エリアマネージャー。2013年7月20日 社長に就任

東映株式会社

東映の歴代社長


大川博(1951年就任)※初代社長
岡田茂(1972年~1993年)※東映中興の祖
高岩淡(1993年~2002年)
岡田裕介(2002年~2014年)※岡田茂の長男
多田憲之(2014年~ )


■東映株式会社(とうえい)は、日本の映画の製作、配給、興行会社である

■テレビ朝日ホールディングスの大株主で、同時にテレビ朝日ホールディングスが東映の筆頭株主になっている

■本社所在地:東京都中央区銀座3丁目2-17

■設立年月日:1949年10月1日

■1951年4月1日、社名を東映株式会社と改める


略歴・経歴(プロフィール)
■大川博(おおかわ・ひろし)
【1896年~1971年】東映初代社長。新潟県生まれ。中央大学法学部卒。鉄道省東鉄局を経て、昭和17年、東急入りし取締役。昭和26年、東映に移り同社社長。74歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■岡田 茂(おかだ・しげる)
【1924年~2011年】日本の映画プロデューサー。東映・東急レクリエーション社長、東映会長、同名誉会長を歴任。広島県賀茂郡西条町(現東広島市西条)出身。中学の頃から身長が180センチ近くあり、遊びと喧嘩に明け暮れた番長だった。一族は酒問屋など事業を手広く行い映画館も持っていた

日本甜菜製糖株式会社

日本甜菜製糖の歴代社長


多賀信之
松久直史(2001年6月~2006年6月)
小笠原昭男(2006年6月~2014年6月)
中村憲治(2014年6月~  )


■日本甜菜製糖株式会社(にっぽんてんさいせいとう)は日本の製糖会社である

■北海道を生産拠点として製糖事業をおこなっている

■事業内容
ビート糖、精糖、飼料(配合飼料、ビートパルプ)、紙筒、イースト、種子、オリゴ糖等機能性食品の製造・販売、農業機材の販売および不動産賃貸事業

■創立:大正8年6月

■市場情報:東証1部

■本社:東京都港区三田三丁目12番14号ニッテン三田ビル

■支社:北海道札幌市中央区北三条西4丁目1番地日本生命札幌ビル


略歴・経歴(プロフィール)
■小笠原昭男(おがさわら・あきお)
日本の経営者。日本甜菜製糖株式会社 社長を歴任。昭和17年3月10日生まれ。岩手県盛岡市出身。早稲田大学商学部卒業。日本甜菜製糖入社。取締役下関精糖工場長・開発業務部長、取締役企画部長、常務取締役企画管掌、常務取締役企画・人事管掌などを経て、2006年6月29日 社長に就任

株式会社フジクラ

フジクラの歴代社長


創業者:藤倉善八

初代:松本留吉(1910年~1938年)
2代:松本新太(1938年~1948年)
3代:石橋五郎(1948年~1961年)
4代:兵藤嘉門(1961年~1965年)
5代:栗山久治(1965年~1973年)
6代:木野ニ郎(1973年~1976年)
7代:河村勝夫(1976年~1982年)
8代:加賀谷誠一(1982年~1992年)
9代:田中重信(1992年~1999年)
10代:辻川昭(1999年~2005年)
11代:大橋一彦(2005年~2009年)
12代:長浜洋一(2009年~2016年3月)
13代:伊藤雅彦(2016年4月~ )


■株式会社フジクラは、東京都江東区に本社を置く通信ケーブルや電線を製造する非鉄金属メーカーである

■電線御三家(住友電工・古河電工・フジクラ)の一角

■携帯電話・デジタルカメラ等に使われるフレキシブルプリント基板で世界2位。光ファイバーで世界3位。電線では国内3位

■海外でも特にタイに主力工場を置き、タイで一番多く雇用している日系企業である

■創業:1885年(明治18年)2月

■設立:1910年(明治43年)3月18日


略歴・経歴(プロフィール)
■長浜洋一 (ながはま・よういち)
日本の経営者。株式会社フジクラ12代社長。1950年 1月1日生まれ。1973年4月 フジクラに入社。経営企画室副室長、取締役経営企画室副室長、取締役経営企画室長、取締役常務執行役員などを経て、2009年4月 社長に就任

匠大塚株式会社

匠大塚株式会社の社長


代表取締役:大塚勝久(大塚家具創業者)
代表取締役:大塚勝之(勝久の長男)
取締役:大塚千代子(勝久の妻)
取締役:池田真吾(元大塚家具総務部長)
取締役:所芳正(元大塚家具財務部長)


■匠大塚株式会社は2015年7月1日に、大塚家具創業者の大塚勝久が設立。勝久と長男の大塚勝之が代表権を持つ

■法人登記の設立目的は、美術工芸品や家具、カーテン、照明器具などの卸売り、小売業

■所在地:東京都港区高輪

■設立日:2015年7月1日

■資本金3000万円


■大塚家具によると、経営方針をめぐり娘と対立した、創業者・大塚勝久前会長は、保有する大塚家具の株の一部、95万株を売却する方針であることがわかった

■全て売却された場合、勝久側の保有する株の割合は、現在のおよそ18%から、13%程度まで低下することになり、売却額は17億円程度となる見通し

■保有比率は18%から13%程度に低下するが、大塚勝久が筆頭株主に変わりはない


■大塚勝之(大塚家具 元取締役専務執行役員営業本部長)

略歴・経歴(プロフィール)
■大塚勝久(おおつか・かつひさ)
日本の実業家。大塚家具創業者。1943年、桐タンスの名産地・埼玉県春日部市生まれ。桐タンス職人の父親の店を子供の頃から手伝う。1969年、独立し、株式会社大塚家具センターを設立。国内最大の規模を誇る有明本社ショールームを始め、三越の新宿南館と横浜店、大阪南港ショールーム、2004年にはみなとみらいと、次々と大型ショールームを展開した

富士フイルムホールディングス

富士フイルムHDの歴代社長


初代:淺野修一(1934年1月~1943年11月)
2代:春木榮(1943年11月~1960年6月)
3代:小林節太郎(1960年6月~1971年6月)
4代:平田九州男(1971年6月~1980年5月)
5代:大西実(1980年5月~1996年6月)
6代:宗雪雅幸(1996年6月~2000年6月)
7代:古森重隆(2000年6月~ 2012年6月)
8代:中嶋成博(2012年6月~2016年5月)
9代:助野健児(2016年6月~ )


■富士フイルムホールディングス株式会社は、富士フイルムと富士ゼロックスを傘下に持つ持株会社である

■設立:1934年1月20日

■富士フイルムホールディングス株式会社は、2006年10月1日付けで「富士写真フイルム株式会社」から商号変更し、「富士写真フイルム株式会社」の事業は事業会社「富士フイルム株式会社」が継承した


略歴:経歴(プロフィール)
■大西実(おおにし・みのる)
【1925年~2008年】富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)元社長。兵庫県三原町出身。昭和23年東京大学経済学部卒業後、富士写真フイルム㈱(現・富士フイルムホールディングス㈱)入社。福岡出張所長、ニューヨーク事務所長、輸出部長等を経て昭和55年社長に就任した


略歴:経歴(プロフィール)
■古森重隆(こもり・しげたか)
富士フイルム及びその持株会社である富士フイルムホールディングス代表取締役会長・CEO。前日本放送協会(NHK)経営委員会委員長(関東甲信越地方代表)。1939年9月5日生まれ。長崎県出身。東京大学経済学部卒。東大在学中はアメリカンフットボール部に在籍した

日本コカ・コーラ株式会社

日本コカ・コーラの歴代社長


マイケル・ホール( ~2000年1月)
メアリー・E・ミニック(2000年2月~2001年10月)
魚谷雅彦(2001年10月~2006年7月)
ダニエル・H・セイヤー(2006年8月~2012年12月)
ティム・ブレット(2013年1月~ )


■日本コカ・コーラ株式会社は、アメリカに本拠を置くザ コカ・コーラ カンパニーの日本法人である

■日本コカ・コーラは、商品開発・宣伝・マーケティング等を行い、製造販売はボトラー各社がおこなう

■設立:1957年6月25日 日本飲料工業株式会社設立

■1958年3月15日 日本コカ・コーラ株式会社と社名変更

■本社:東京都港区六本木1丁目4番5号 アークヒルズサウスタワー


略歴・経歴(プロフィール)
■魚谷雅彦(うおたに・まさひこ)
日本コカ・コーラ会長。1954年奈良県生まれ、同志社大学文学部卒業。米国コロンビア大学ビジネススクールにてMBA取得。ライオン入社。91年フィリップモリスの食品事業部門であるクラフト・ジャパン副社長。94年、日本コカ・コーラ入社、2001年社長就任。06年会長就任。08年NTTドコモ顧問就任

金子労働衛生コンサルタント事務所

金子労働衛生コンサルタント事務所の所長


所長:金子庄一郎(かねこ・しょういちろう)


■事業内容
金子労働衛生コンサルタント事務所の仕事は、社員の方々の健康を守ることで、そのために健康面談をとくに重視している。その理由は定期的な健康面談を通じて社員の方々と密接なコミュニケーションを保つことで、体やこころの問題点を早期に発見することができるからである

■所在地:東京都北区王子3-15-6(金子診療所内)

■金子労働衛生コンサルタント事務所HP
http://www.kaneko-consultant.com/index.html

■サポート分野
【メンタルヘルスケア】
・仕事の内容や職場の人間関係などによる不安、悩みから起こるストレスへの社員の方の「気づき」をお手伝いします。このため、産業カウンセラーの立場から、面談を通して本人の自己理解を深めるとともに、必要に応じて専門医へ紹介します

【健康管理】
・健康に問題のある社員の方と健康面談を行います

【作業管理・作業環境管理】
・職場巡視を行い、社員の方々の作業状況を管理します

■家族情報
http://nihonnokakeizu.net/blog-entry-2102.html


略歴・経歴(プロフィール)
■金子庄一郎(かねこ・しょういちろう)
日本の医師。内科医。東京都北区で診療所を開いている。年齢53歳(2015年8月17日現在)。開成高校卒業。日本医科大学卒業。2001年頃に父親から診療所を引き継ぐ。自宅:東京都北区王子3丁目に在住

日本航空株式会社

JALの歴代社長


柳田誠二郎(1951年8月~1961年1月)
松尾静磨(1961年1月~1971年5月)
朝田静夫(1971年5月~1981年6月)
高木養根(1981年6月~1985年12月)
山地進(1985年12月~1990年6月)
利光松男(1990年6月~1995年6月)
近藤晃(1995年6月~1998年6月)
兼子勲(1998年6月~2004年6月)
新町敏行(2004年6月~2006年6月)
西松遥(2006年6月~2010年1月)
植木義晴(2012年2月~ )※JALでは初となるパイロット出身の社長


■日本航空株式会社(にほんこうくう)は日本の航空会社である

■JAL (ジャル)の愛称で親しまれる

■設立:1951年8月1日

■本社所在地:東京都品川区東品川二丁目4番11号 野村不動産天王洲ビル


略歴・経歴(プロフィール)
■植木義晴(うえき・よしはる)
日本航空株式会社代表取締役社長、操縦士。1952年9月16日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学法学部を1年で中退後、航空大学校に入学。1975年に航空大学校を卒業し、操縦士として日本航空に入社。2012年2月、代表取締役社長に就任。JALでは初となるパイロット出身の社長

シチズンホールディングス

シチズンHDの歴代社長


初代:中島与三郎(1930年~1945年)
2代:中島進次(1945年~1946年)
3代:山田栄一(1946年~1981年)
4代:山崎六哉(1981年~1987年)
5代:中島迪男(1987年~1997年)
6代:春田博(1997年~2002年)
7代:梅原誠(2002年~2008年)
8代:金森充行(2008年~2012年)
9代:戸倉敏夫(2012年~ )


■シチズンホールディングス株式会社は、東京都西東京市に本社を置く日本の精密・電子機器の製造者であり、シチズングループの中核を成す企業である

■関東地方・甲信越地方を中心として世界各地に拠点を構えている

■「シチズン」(CITIZEN)ブランドの時計で知られる他、工作機械の分野でもスイス式自動旋盤を中心とする「シンコム」ブランドで名高い

■かつては腕時計の機械体(ムーブメント)の生産量世界第1位(グループ)を誇り、国内最大手。世界シェアの3割以上を持つ

■創立:1930年5月28日

■本社所在地:東京都西東京市田無町6-1-12


略歴・経歴(プロフィール)
■梅原誠(うめはら・まこと)
日本の実業家。シチズン時計元社長。1939年岩手県生まれ。東北大学工学部卒

トモエ学園 校長

トモエ学園の歴代校長


手塚岸衛(創設者)
小林宗作(校長)※黒柳徹子の恩師


■トモエ学園(トモエがくえん)は、かつて東京都目黒区自由が丘にあった私立幼稚園・小学校(旧制)

■リトミック教育を日本で初めて実践的に取り入れた学校として知られている

■同学園出身の黒柳徹子が記したベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』によって、一躍その名が全国に知れ渡った


略歴・経歴(プロフィール)
■手塚岸衛(てづか・きしえ)
【1880年~1936年】日本の教育者。栃木県生まれ。栃木師範学校を経て、東京高等師範学校卒業。公立小中学校教諭を歴任。従来の公教育にあきたらず、その自由主義的教育の理想を掲げ、幼稚園・小学校・中学校からなる自由ヶ丘学園を創設する。自由ヶ丘学園は、中学校が藤田喜作(社会学者)に、幼稚園・小学校がトモエ学園として小林宗作に引き継がれ、以後別々の発展を遂げていった


略歴・経歴(プロフィール)
■小林宗作(こばやし・そうさく)
【1893年~1963年】日本のリトミック研究者・幼児教育研究家。群馬県吾妻郡岩島村(現東吾妻町)出身。東京音楽学校乙種師範科(現東京芸術大学音楽学部)卒業。自分の理想をもとに、リトミックを教育基盤に置いた学校として幼小一貫校のトモエ学園を運営したが、同学園は東京大空襲で校舎を焼失し、小学校は廃止された。日本におけるリズム教育・音響教育・ピアノ教育・総合リズム教育をひらいた人物であり、各方面からの評価は高い

ダイキン工業株式会社

ダイキンの歴代社長


山田晁(創業者)

山田稔(1972年~1994年)
井上礼之(1994年~ )
岡野幸義(2004年 )
十河政則(2011年~ ) 


■ダイキン工業株式会社は、大阪府大阪市北区中崎西に本社を置く、空調機、化学品の大手メーカーである

■略称は「ダイキン」

■フッ素化学で世界屈指のシェアを持つ

■創業:大正13年(1924年)10月25日

■設立:昭和9年(1934年)2月11日


略歴・経歴(プロフィール)
■井上礼之(いのうえ・のりゆき)
日本の経営者。ダイキン工業4代目社長。1935年生まれ。京都府出身。同志社大学経済学部卒業後、大阪金属工業(のちのダイキン工業)に入社。1979年、取締役。1994年、社長に就任。そのほか、関西電力、オムロン、コニカミノルタホールディングス、阪急阪神ホールディングスなどの取締役を務めた


略歴・経歴(プロフィール)
■十河政則(とがわ・まさのり)
日本の経営者。ダイキン工業社長。北海道出身。1973年(昭和48年)小樽商科大商卒業、ダイキン入社。2011年 社長兼最高執行責任者(COO)。2014年6月27日 社長兼最高経営責任者(CEO)

ファナック株式会社

ファナックの歴代社長


稲葉清右衛門(1975年~1995年)
小山成昭(1999年6月~2003年6月)
稲葉善治(2003年6月~2016年6月)創業者の息子
山口賢治(2016年6月~ )


■ファナック株式会社は、山梨県南都留郡忍野村に本社を置く、日本の電気機器メーカーである

■社名のFANUCは「Factory automation numerical control(工場の自動化及び数値制御)」の頭字語である

■富士山麓の広大な敷地に本社、研究所、工場等がある

■設立:1972年5月12日

■1972年5月 富士通の計算制御部から、富士通の子会社として独立した。当時の社名は「富士通ファナック株式会社

■1982年7月 社名を「ファナック株式会社」に変更

■1983年9月 東証1部に上場


略歴・経歴(プロフィール)
■稲葉清右衛門 (いなば・せいうえもん)
ファナック元社長。大正14年3月5日生まれ。茨城県出身。東京帝大卒。昭和21年富士通信機製造(現・富士通)に入社。NC(数値制御)装置を開発して取締役となる。NC装置専業の富士通ファナック(現・ファナック)専務となり、昭和50年社長に就任。同社を世界有数の産業用ロボットメーカーに育てた

キリンホールディングス

キリンHDの歴代社長


磯野長蔵(1942年~1962年)
川村音次郎
佐藤保三郎
小西秀次
本山英世(1984年~1992年3月)
真鍋圭作(1992年3月~1996年3月)
佐藤安弘(1996年3月~2001年3月)
荒蒔康一郎(2001年3月~2006年3月)
加藤壹康(2006年3月~2010年3月)
三宅占二(2010年3月~2015年3月)
磯崎功典(2015年3月~  )


■キリンホールディングス株式会社は、飲料事業会社のキリン株式会社を中核とする、キリングループの持株会社(ホールディングカンパニー)である

■三菱グループの一員である

■設立:1907年(明治40年)2月23日

■2007年7月1日持株会社化に伴い、「麒麟麦酒株式会社」より商号変更


略歴・経歴(プロフィール)
■磯崎功典(いそざき・よしのり)
日本の経営者。キリンビール社長、キリンビールホールディングス社長。1953年、神奈川県生まれ。小田原高校、慶應義塾大学経済学部卒業。キリンビール(現・キリンHD)に入社。2012年3月キリンビール社長に就任。2015年3月 キリンビールホールディングス社長に就任

株式会社セブン銀行

セブン銀行の歴代社長


初代:安齋隆(2001年4月~ )
二子石謙輔(2010年6月~ )


■株式会社セブン銀行とは、大手流通企業グループ「セブン&アイ・ホールディングス」傘下の日本の銀行

■コンビニATM事業最大手である

■旧商号は株式会社アイワイバンク銀行

■設立:2001年4月10日

■開業:2001年5月7日

■事業内容:ATM事業、金融サービス事業

■本社所在地:東京都千代田区丸の内一丁目6番1号 丸の内センタービルディング


略歴・経歴(プロフィール)
■安斎隆(あんざい・たかし)
セブン銀行会長。1941年1月17日、福島県二本松市安達町(旧上川崎村)で生まれた。63年東北大法学部を卒業。同年日本銀行に入行。94年に理事に就任。98年旧日本長期信用銀行頭取、00年イトーヨーカ堂顧問を経て01年4月アイワイバンク(現・セブン銀行)社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■二子石謙輔(ふたごいし・けんすけ)
日本の経営者。株式会社セブン銀行 社長。1952年生まれ。熊本県出身。東京大学法学部を卒業後、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。秘書室秘書役、リテール企画部長等を経て、2003年に自らが設立準備に関わってきたアイワイバンク銀行(現セブン銀行)に転じる。2010年6月より代表取締役社長
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