セイノーホールディングス

セイノーHDの歴代社長


初代:田口利八(創業者)
2代:田口利夫(1981年~1987年)
3代:田口義嘉壽(1987年~2003年)
4代:田口義隆(2003年~  )


■2005年に、従来の西濃運輸株式会社(旧法人)が、セイノーホールディングス株式会社に商号変更して持株会社に移行し、同日付で子会社西濃運輸株式会社が新たに設立され、従来の物流業務を引き継ぐこととなった

■創業:1930年2月11日

■設立:1946年11月1日

■「カンガルー便」などの愛称を用いている

■特別積合せ事業のパイオニア的存在として知られ、戦後いち早く長距離路線トラックを走らせたことで知られている

■現在、路線トラックで業界最大手


略歴・経歴(プロフィール)
■田口利八(たぐちりはち)
【1907年~1982年】西濃運輸創業者。長野県西筑摩郡読書村(現・南木曾町)生まれ。昭和5年、トラック運送業開業。昭和8年大垣に進出。戦後再発足して、昭和23年西濃トラック運輸(現・西濃運輸)を設立。同年業界初の長距離トラック運送を開始して現在の西濃運輸への足がかりをつかんだ。その後、全日本トラック協会会長等を歴任。昭和42年、福祉財団法人・田口福寿会設立。75歳で没

日本電産株式会社

日本電産の歴代社長


初代:永守重信(創業者)


■日本電産株式会社(にほんでんさん)は、京都府に本社を置く日本の電気機器製造会社である

■精密小型モータの開発・製造において世界一のシェアを維持・継続している

■日本電産は精密小型モータで世界No.1の地位を築き上げてきた。そして、同時に製品ラインアップも小型から大型までの各種モータ、さらには応用製品である機器装置や電子光学部品などへと次々に拡大してきた

■現在の活躍するフィールドは情報通信機器、OA機器分野にとどまらず、家電製品、自動車、産業機器、環境エネルギーなど幅広い分野に広がっている

■設立:1973年7月23日


略歴・経歴(プロフィール)
■永守重信(ながもり・しげのぶ)
日本の実業家。日本電産創業者。昭和19年8月、京都で生まれる。昭和42年3月、職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科卒業。昭和48年7月、28歳で日本電産株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。平成10年東証1部上場

株式会社ダスキン

ダスキンの歴代社長


山田宏(1963年~1965年)
鈴木清一(1965年~1979年)※創業者
駒井茂春(1979年~1994年)
千葉弘二( ~2000年12月)※特別背任容疑で逮捕
上田武(2001年1月~2002年11月)
伊東英幸(2002年11月~2009年3月)
山村輝治(2009年4月~ )


■株式会社ダスキンは、大阪府吹田市(江坂地区)に本社を置く日本の企業である

■清掃業務を中心に、外食産業なども展開する

■設立:1963(昭和38)年2月4日

■ダスキンは、日本でいち早くフランチャイズシステムをとり入れ、創業期からフランチャイズビジネスを確立するとともに、その後の事業展開でも、常にフランチャイズビジネスの可能性を追求している


略歴・経歴(プロフィール)
■鈴木清一(すずき・せいいち)
【1911年~1980年】ダスキン創業者。愛知県生まれ。東京中央商業卒。商店勤務中に胸を病み退職。昭和13年、京都山科の一燈園(財団法人懺悔奉仕光泉林)に入り、西田天香師に師事。昭和19年、ユシロ化学工業所創業。戦後再発足してケントク産業(現・ダスキン)創業。「道と経済の合一を求める祈りの経営」を実践した。68歳で没

株式会社不二越

不二越の歴代社長


井村荒喜(創業者)
本間博夫(2009年~2017年2月)
薄田賢二(2017年2月~ )


■株式会社不二越(ふじこし)は、富山県富山市に本社を置く切削工具・ベアリング・産業用ロボット(おもに自動車製造用ロボット)の製造を中心とする企業である

■設立:1928年12月21日

■市場情報:東証1部(1949年5月上場)

■事業内容
・マシニング事業
・ロボット事業
・機能部品事業
・マテリアル事業


略歴・経歴(プロフィール)
■井村荒喜(いむら・こうき)
【1889年~1971年】不二越創業者。長崎県生まれ。長崎行予学舎中退。新聞記者等を経て台湾に渡り鉄道建設事業に従事。のち中越水田支配人を経て、昭和3年、不二越鋼材(現・不二越)を設立。昭和39年勇退。81歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■本間博夫(ほんま・ひろお)
日本の経営者。株式会社不二越の社長。1945年生まれ。青山学院大学経営学部卒業。不二越に入社。東日本支社長、取締役、常務取締役、取締役副社長を経て、2012年 社長に就任

株式会社ディー・エヌ・エー

DeNAの歴代社長


初代:南場智子(創業者)
2代:守安功(2011年~ )


■株式会社ディー・エヌ・エーは、インターネットにおけるオークションならびにショッピングサイト、およびモバイル向けポータルサイトの企画・運営等を行う日本の企業である

■本社所在地:東京都渋谷区渋谷二丁目21-1 渋谷ヒカリエ 21-26F

■設立年月日:1999年3月4日

■事業内容
・ゲーム
・eコマース
・エンターテインメント
・キュレーションプラットフォーム
・自動車関連事業
・球団運営
・その他


略歴・経歴(プロフィール)
■南場智子(なんば・ともこ)
株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)創業者。1962年新潟県で生まれる。津田塾大学卒業(在学中にアメリカ・ブリンマー大学留学)マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。1988年、同社を退社してハーバード大学留学。1990年、ハーバード大学でMBA取得。マッキンゼーに戻る。1996年、マッキンゼーのパートナー(共同経営者)となる。1999年、独立し株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)設立。オークションサイト「ビッターズ」のサービス開始。2004年、携帯電話オークションサイト「モバオク」のサービス開始。2005年、東証マザーズ上場。2006年、ケータイゲーム&SNS「モバゲータウン」のサービス開始。2007年、東証一部に上場。2011年、療養中の夫の看病に力を注ぐため、ディー・エヌ・エー代表取締役兼CEO退任、代表権のない取締役となる。横浜ベイスターズ買収


略歴・経歴(プロフィール)
■守安 功(もりやす いさお)
日本の経営者。株式会社ディー・エヌ・エー2代目社長。モバゲータウンの仕掛け人。1973年9月21日 大阪府で生まれる。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了。 日本オラクル株式会社入社。ディー・エヌ・エーにシステムエンジニアとして入社。モバイル事業部長、ポータル・コマース事業部長を経て、2012年 社長に就任

関西電力株式会社

関西電力の歴代社長


太田垣士郎(1951年5月~1959年11月)※初代社長
芦原義重(1959年11月~1970年11月)※中興の祖
吉村清三(1970年~1975年)
小林庄一郎(1977年6月~1985年11月)
森井清二(1985年11月~1991年11月)
秋山喜久(1991年11月~1999年6月)
石川博志(1999年6月~2001年6月)
藤洋作(2001年6月~2005年6月)
森詳介(2005年6月~2010年6月)
八木誠(2010年6月~2016年6月)
岩根茂樹(2016年6月~ )


略歴・経歴(プロフィール)
■太田垣士郎(おおたがき・しろう)
【1894年~1964年】関西電力株式会社初代社長。兵庫県城崎町(現・豊岡市)生まれ。京都帝大経済学部卒。日本信託を経て阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)に入社。小林一三の片腕として活躍し、昭和21年に社長。昭和26年九電力体制発足とともに関西電力初代社長に就任。昭和34年会長。関西経営者協会会長、関西経済連合会会長等を歴任。70歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■小林庄一郎(こばやし・しょういちろう)
日本の経営者。関西電力株式会社の社長、会長を歴任。1922年7月14日中国大連生まれ。東京帝大卒。関西配電(関西電力の前身)に入社。同社の社長、会長を歴任する

国際興業株式会社

国際興業株式会社の歴代社長


小佐野賢治(創業者)

小佐野隆正(代表取締役会長 兼 執行役員会長)
南正人(代表取締役社長 兼 執行役員社長)


■国際興業株式会社(こくさいこうぎょう)は東京都中央区を拠点に、バス事業、輸入自動車販売、旅行業、ゴルフ用品販売などを行っている

■事業内容
・一般乗合、貸切、乗用旅客自動車運送業、自動車教習所、外車販売
・油圧機器、各種建設機械、自動車部品、建築資材、機器、製品等の輸出入及び販売
・不動産売買、賃貸、管理及び宅地開発、旅行業法に基づく旅行業など

■1940年 小佐野賢治が東京・芝で自動車部品業を創業

■1945年 ホテル業務開始(熱海ホテル・山中湖ホテル・強羅ホテル)

■1946年 乗合・観光バス事業に進出

■1947年 社名を国際興業(株)とする

■1949年 タクシー、ハイヤー事業に進出


略歴・経歴(プロフィール)
■小佐野賢治(おさの・けんじ)
【1917年~1986年】国際興業グループ創業者。昭和8年、小学校卒業後、上京して自動車部品販売店へ就職。昭和15年東京で自動車部品業を創業。昭和20年熱海ホテル、山中湖ホテル、強羅ホテルを次々に買収。昭和21年東都乗合自動車(現・国際興業バス)を五島慶太から譲り受ける。昭和36年山梨交通会長に就任。昭和41年富士屋ホテルの経営権を握る。昭和44年十和田観光電鉄買収。昭和48年シェラトン・パレス・ホテルを取得。昭和49年シェラトン・ワイキキ、ロイヤル・ハワイアン、シェラトン・マウイの3ホテル取得。昭和51年ロッキード事件により衆議院予算委員会で証人喚問。昭和60年帝国ホテル会長に就任。70歳で没

株式会社ニューオータニ

ニューオータニの歴代社長


大谷米太郎(1963年1月就任)※創業者
大谷米一 (1973年5月就任)
大谷和彦 (1993年6月就任)


■株式会社ニューオータニは、ホテルニューオータニなどを運営する、東京都千代田区紀尾井町に本社を構えるチェーンホテル運営会社である

■1963年(昭和38年)に大谷米太郎が「大谷国際観光株式会社」として創業

■東京オリンピックのあった1964年に国際ホテルとして「ホテルニューオータニ」が開業

■帝国ホテル、ホテルオークラとともに、ホテルの「御三家」と称される

■創業日:1963年1月18日

■直営ホテル:ホテルニューオータニ、ホテルニューオータニ大阪、ホテルニューオータニ幕張


略歴・経歴(プロフィール)
■大谷米太郎(おおたに・よねたろう)
【1881年~1968年】ホテルニューオータニ創業者。富山県西砺波郡正得村(現小矢部市)生まれ。明治44年上京して荷揚げ人足を経て相撲界に入る。大正2年鷲尾獄酒店を開業。大正4年合名会社東京ロール旋削除を設立。昭和15年大谷重工業設立。以降、他分野に進出したあと、昭和39年ホテルニューオータニ設立。昭和37年富山県立大谷技術短期大学創立。86歳で没。著書に「私の履歴書」(日本経済新聞連載、昭和39年3月)

双日株式会社

双日の歴代社長


高畑誠一(日商岩井の前身日商の創業者)

渡利陽(ニチメン)
佐藤洋二(2012年4月~2017年)
藤本昌義(2017年~ )


■双日株式会社(そうじつ)は、日本の総合商社である

■社名は、母体がニチメン(日綿實業)、日商岩井という、ともに「日」を頭文字とする商社2社であったことに由来する

■かつては10大商社(三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事、日商岩井、トーメン、ニチメン、兼松、安宅産業)の一角を占めた


略歴・経歴(プロフィール)
■高畑誠一(たかはた・せいいち)
【1887年~1978年】現双日の創業者。愛媛県生まれ。1909年神戸高商(現神戸大学)卒。鈴木商店に入社。20代後半でロンドン支店長。15年間ロンドン在勤のあと1926年帰国。一年後に鈴木商店倒産で日商設立。この日商が後の日商岩井、現双日となる。本国を介さない三国間貿易を日本人として最初に始めた商社マンとしても知られている。91歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■佐藤洋二(さとう・ようじ)
日本の経営者。大手総合商社、双日株式会社の社長。熊本県出身。1973年 長崎大経卒業。日商岩井(現双日)入社。2003年 執行役員。2004年 双日 常務執行役員。2008年 副社長。2012年4月 社長に就任

カルピス株式会社

カルピスの歴代社長


三島海雲(創業者)

横山淑夫
稲森俊介(1991年~1995年)
小林公生(1995年~2000年)
武藤高義(2000年~2005年)
石渡總平(2005年~2009年)
山田藤男(2009年~  )
岸上克彦(2015年3月~  )


■カルピス株式会社はアサヒ飲料等を傘下に持つアサヒグループホールディングスの完全子会社である

■1902年(明治35年)、当時25歳の三島海雲(みしま・かいうん)は内モンゴル(現在の中華人民共和国・内モンゴル自治区)を訪れ、そこで口にしたジョッヘという飲み物を参考にして、1919年(大正8年)にカルピスを開発・発売し、この飲料と同名の企業の創業者となった

■三島によって開発された日本初の乳酸菌飲料「カルピス」。『おいしくてからだに良いものを創って、多くの人を喜ばせたい』というカルピス開発に込められた思いは、90年以上たった今日でも、脈々とカルピス社に受け継がれている


略歴・経歴(プロフィール)
■三島海雲(みしま・かいうん)
【1878年~1974年】カルピス創業者。大阪府豊能郡(とよのぐん)(現箕面市)で貧乏なお寺の子として生まれる。生家は西本願寺派の末寺。1892年小学校を中退。漢学塾で学ぶ、1893年京都の西本願寺文学療に入寮、1899年山口市の開導中学校へ赴任。1901年仏教大学3年に編入。1902年中国に渡り、北京の東文学舎に寄宿。土倉五郎と出会う。1903年北京に日華洋行を設立。1908年内モンゴルで乳酸を知る。1915年中国の事業を手放して帰国。1917年ラクトー株式会社(現カルピス)を設立。1919年カルピスを販売。1922年キャッチフレーズとして、「初恋の味」を初めて新聞広告に使用。1962年三島海雲記念財団を設立。96歳で没

アラビア石油株式会社

アラビア石油の歴代社長


山下太郎(創業者)

神克彦(2006年9月~2007年6月)
穂谷野一敏(2007年6月~2013年3月)
関川吉明(2013年4月~2014年6月)
菊池一夫(2014年6月~  )


■アラビア石油株式会社は、石油や天然ガスの開発事業を主業務としていた日本の企業である

■現在は開発事業から事実上撤退し、クウェートからの原油購入・販売を主業務としている

■本社所在地:東京都品川区東品川

■1957年12月 サウディアラビアと利権協定締結(日本輸出石油株式会社)(商業量発見より40年間)

■1958年 2月 当社設立(日本輸出石油株式会社よりサウディアラビア利権継承)


略歴・経歴(プロフィール)
■山下太郎(やました・たろう)
【1889年~1967年】アラビア石油創業者。秋田県生まれ。札幌農学校(現・北海道大学)農芸科卒。東京で肥料商山下商店を開業ののち満州(中国東北部)に渡り住宅建設業で成功。戦後、幾多の事業に着手したのち、1958年(昭和33年)アラビア石油を設立して社長に就任。破天荒な言動から「アラビア太郎」と呼ばれた。78歳で没

株式会社省電舎

省電舎の歴代社長


初代:中村健治(1986年6月~2013年6月)※創業者
2代:中村俊(2013年6月~2015年4月)
3代:嘉納毅(2015年4月~2015年6月)
4代:鵜沢利雄(2015年6月~2017年3月)
5代:西島修(2017年4月~ )


■株式会社省電舎(しょうでんしゃ)は、東京都港区に本社を置く再生可能エネルギー事業を行う企業である

■設立:1986年(昭和61年)6月9日

■2011年 子会社 ドライ・イー株式会社を設立し、再生可能エネルギー事業に参入

■2015年 省エネルギーコンサルティングの需要が縮小傾向にあることから、省エネルギー関連事業(ESCO事業)から撤退。以降、再生可能エネルギー事業を主軸とする


略歴・経歴(プロフィール)
■中村健治(なかむら・けんじ)
日本の実業家。株式会社省電舎の創業者。1948年1月10日生まれ。1966年 丸正通信精器(株)入社。1971年 (株)マイクロアビオニクス入社。同社常務取締役。1974年11月(株)エール・ケン・フォー設立 代表取締役社長。1986年6月 省電舎設立 代表取締役社長就任


略歴・経歴(プロフィール)
■鵜沢利雄(うざわ・としお)
日本の経営者。株式会社省電舎 社長。東京都出身。1971年 埼玉大理工卒業。東京芝浦電気(現・東芝)入社。2004年 東芝テクニカルサービスインターナショナル社長。2012年 省電舎顧問。2015年 営業本部長。2015年6月26日 社長に就任

野村ホールディングス

野村HDの歴代社長


創業者:2代野村徳七

初代:片岡音吾(1925年12月~1941年9月)
2代:飯田清三(1941年9月~1947年8月)
3代:奥村綱雄(1948年4月~1959年6月)
4代:瀬川美能留(1959年6月~1968年11月)
5代:北裏喜一郎(1968年11月~1978年10月)
6代:田渕節也(1978年10月~1985年12月)
7代:田淵義久(1985年12月~1991年6月)
8代:酒巻英雄(1991年6月~1997年3月)
9代:鈴木政志(1997年3月~1997年4月)
10代:氏家純一(1997年5月~2003年4月)
11代:古賀信行(2003年4月~2008年3月)
12代:渡部賢一(2008年4月~2012年7月)
13代:永井浩二(2012年8月~   )


■野村ホールディングス株式会社は東京都中央区に本社を置く日本最大の投資銀行・証券持株会社である


■1918年に野村財閥の二代目 野村徳七によって設立された大阪野村銀行(後の大和銀行・現:りそな銀行)の証券部が独立し1925年に野村財閥の総司令部である野村合名の直系会社として創立された


略歴・経歴(プロフィール)
■2代目野村徳七(のむら・とくしち)
【1878年~1945年】野村證券創業者。大阪市農人橋詰町生まれ。幼名・信之助。大阪市立高等商業学校予科中退。明治37年、両替商野村徳七商店を継いだあと証券業に進出。大正7年、野村銀行(現・りそな銀行)設立。昭和14年に野村證券設立。このあと生命保険その他に進出して野村財閥を形成した。66歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■奥村綱雄(おくむら・つなお)
【1903年~1972年】野村證券元社長。滋賀県生まれ。京都帝国大学経済学部卒後、野村證券に入社。調査、企画各部長。取締役京都支店支配人。昭和23年同社社長。経団連評議員副議長等経済界の要職のほか、日本ボーイスカウト連盟理事長他を歴任。69歳で没。著書に「僕のダイヤモンド経営」「わが半生涯」


略歴・経歴(プロフィール)
■瀬川美能留(せがわ・みのる)
【1906年~1991年】野村證券元社長。奈良県吉野生まれ。大阪商大高商部(現・大阪市立大学)卒。野村證券入社。昭和34年、野村證券社長。ブルドーザーといわれる豪腕経営ぶりで知られた。昭和43年会長。昭和53年、相談役。この間、日本証券業協会初代会長。85歳で没。著書に「私の証券昭和史」他


略歴・経歴(プロフィール)
■北裏喜一郎(きたうら・きいちろう)
【1911年~1985年】野村證券元社長。和歌山県生まれ。昭和8年、神戸高商卒後、野村證券入社。大阪支店支配人等を経て昭和43年に社長。時代を先取りした先見経営で、世界のノムラへ発展させた。昭和40年、野村総合研究所設立。昭和53年、会長。日本証券業協会会長等を歴任。勲一等瑞宝章。74歳で没

オムロン株式会社

オムロンの歴代社長


初代:立石一真(創業者)
2代:立石孝雄(       )※一真の息子
3代:立石義雄(1987年~2003年)※一真の息子
?代:山田義仁(2011年~  )


■オムロン株式会社は、京都府京都市に本社を置く日本の大手電気機器メーカーである

■センシング&コントロール技術を核とした産業向け制御機器やシステム、電子部品のほか、ヘルスケア製品等を展開する「オムロングループ」の中核企業の役割を担っている


略歴・経歴(プロフィール)
■立石一真(たていし・かずま)
【1900年~1991年】オムロン創業者。熊本県熊本市生まれ。熊本校等工業(現・熊本大学工学部)卒。兵庫県庁、井上電気製作所勤務を経て、昭和8年、立石電機製作所を創業。戦後再出発して昭和23年、立石電機(現・オムロン)を設立して社長に就任。昭和54年、会長。90歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■立石義雄(たていし・よしお)経歴(プロフィール)
オムロン3代目社長。1939年、大阪府大阪市生まれ。同志社大学卒業後、オムロンの前身である父・立石一真が創業した立石電機(現・オムロン)に入社。87年社長、2003年会長

旭化成株式会社

旭化成株式会社の歴代社長


野口遵(実質的創業者)

宮崎輝(1961年~1985年)※中興の祖
世古真臣
弓倉礼一(1989年~1997年)
山本一元(1997年~2003年)
蛭田史郎(2003年~2010年)
藤原健嗣(2010年~2014年3月)
浅野敏雄(2014年4月~2016年)
小堀秀毅(2016年4月~ )


■旭化成株式会社(あさひかせい)は、化学、繊維、住宅、建材、エレクトロニクス、医薬品、医療等の事業を行う各種事業会社を統括する純粋持株会社である

■東京都千代田区神田神保町に本社を置く


略歴・経歴(プロフィール)
■野口遵(のぐち・したがう)
【1873年~1944年】日本の実業家。日本窒素肥料(現・チッソ)を中核とする日窒コンツェルンを一代で築いた。「電気化学工業の父」や「朝鮮半島の事業王」などと称された。チッソの他にも、旭化成、積水化学工業、積水ハウス、信越化学工業の実質的な創業者でもある。1873年 7月26日 金沢の貧しい士族の家に生まれた。 帝国大学工科大学電気工学科(現・東京大学工学部電気工学科)を卒業


略歴・経歴(プロフィール)
■宮崎輝(みやざき・かがやき)
【1909年~1992年】旭化成元社長。長崎県生まれ。昭和9年東京帝国大学法学部卒。同年旭ベンベルグ絹糸(旭化成の前身)に入社。昭和36年旭化成社長に就任。昭和60年会長。日本化繊協会会長、臨時行政調査会委員等を歴任。昭和57年勲一等瑞宝章。82歳で没。著書に「宮崎輝の取締役の選び方」

株式会社タニタ

タニタの歴代社長


初代:谷田五八士((創業者)
2代:谷田大輔(1985年~2008年)※五八士の息子
3代:谷田千里(2008年~  )※大輔の息子


■株式会社タニタは、体重計など計測器の大手メーカーである

■1923年 谷田賀良倶商店を創業

■1985年に2代目・谷田大輔がタニタの社長に就任。世界初となる家庭用体脂肪計・体組成計の成功により、社長就任当時は赤字だった同社をヘルスメーター売り上げ世界No.1企業へと成長させた

■2008年に3代目・谷田千里がタニタの社長に就任。「タニタ食堂」、企業向け医療費削減プログラム「タニタ健康プログラム」など新しい事業を開始し、タニタを体脂肪計メーカーから総合健康企業へと進化させた


略歴・経歴(プロフィール)
■谷田千里(たにだ・せんり)
日本の経営者。健康総合企業、株式会社タニタ3代目社長。1972年生まれ。大阪出身。佐賀大学理工学部卒業。アミューズメント施設企画・運営会社や船井総合研究所などを経てタニタに入社。タニタアメリカ取締役、本社取締役などを経て社長に就任。「タニタ食堂」、企業向け医療費削減プログラム「タニタ健康プログラム」など新しい事業を開始し、タニタを体脂肪計メーカーから総合健康企業へと進化させた。調理師、栄養士の免許を持つ

富士ゼロックス株式会社

富士ゼロックスの歴代社長


小林節太郎(初代社長 1962年就任)
吉村寿雄(1976年~1978年)
小林陽太郎(1978年1月~1992年1月)※小林節太郎の長男
坂本正元(1998年1月~2002年6月)
有馬利男(2002年6月~2007年6月)
山本忠人(2007年6月~2015年6月)※初の技術系出身の社長
栗原博(2015年6月~  )



■富士ゼロックス株式会社(ふじゼロックス)は、富士写真フイルム株式会社(現・富士フイルムホールディングス)と英ランク・ゼロックス(現ゼロックス・リミテッド)社との合弁会社として1962年に誕生した日本の機械メーカーである


略歴・経歴(プロフィール)
■小林陽太郎(こばやし・ようたろう)
日本の経営者。富士ゼロックス株式会社社長、経済同友会代表幹事を歴任。1933年4月25日ロンドンで生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。ペンシルベニア大学ウォートン・スクール修了(MBA)。富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)に入社、1963年に富士ゼロックスに転じる。1978年 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■栗原博(くりはら・ひろし)
日本の経営者。富士ゼロックス株式会社 社長。宮城県出身。1978年 学習院大法卒業。富士ゼロックス入社。2009年 取締役常務執行役員。2014年 取締役専務執行役員。2015年6月16日 社長に就任

株式会社白洋舍

白洋舍の歴代社長


五十嵐健治(創業者)
五十嵐素一(2002年~ )※五十嵐健治の曾孫


■株式会社白洋舍(はくようしゃ)は、日本のクリーニング業界最大手の老舗クリーニングチェーンである

■1906年 五十嵐健治が日本橋にて洗濯店「白洋舍」を創業

■1907年 ドライクリーニングを日本で初めて成功する

■1920年 組織変更し、白洋舍クリーニング株式会社と名称変更

■1937年 株式会社白洋舍に社名変更

■1949年 東京証券取引所へ株式を上場


略歴・経歴(プロフィール)
■五十嵐健治(いがらし・けんじ)
【1877年~1972年】日本の実業家。日本初のドライクリーニング、株式会社白洋舍の創業者。新潟県で生まれる。北海道での強制労働から脱したあと洗濯業に従事し、三井呉服店(現・三越)につとめる。1906年に白洋舎を創業。翌1907年に日本初のドライクリーニング技術を開発。東京、大阪に工場をつくるなど事業を拡大するかたわら、クリスチャンとして伝道と出版にもつとめた。自伝に「キリスト信仰とわが体験」がある


略歴・経歴(プロフィール)
■五十嵐素一(いがらし・もといち)
日本の経営者。株式会社白洋舍の社長。昭和33年7月14日生まれ。昭和57年4月 ㈱第一勧業銀行へ入行。昭和62年4月 白洋舎へ入社。取締役、東京支店長、専務取締役、代表取締役専務取締役を経て、平成14年3月 代表取締役社長に就任

日本数学会 理事長

日本数学会の歴代理事長


正田建次郎(昭21.4~昭22.4)※大阪大学教授
辻正次(昭22.4~昭23.4)※東京大学教授
窪田忠彦(昭23.4~昭24.4)※東京大学教授
末綱恕一(昭24.4~昭25.4)※東京大学教授
彌永昌吉(昭25.4~昭26.4)※東京大学教授
福原満洲雄(昭26.4~昭27.4)※東京大学教授
彌永昌吉(昭27.4~昭28.4)※東京大学教授
彌永昌吉(昭28.4~昭29.4)※東京大学教授
福原満洲雄(昭29.4~昭30.4)※東京大学教授
福原満洲雄(昭30.4~昭31.4)※東京大学教授
彌永昌吉(昭31.4~昭32.4)※東京大学教授
吉田耕作(昭32.4~昭33.4)※東京大学教授
彌永昌吉(昭33.4~昭34.4)※東京大学教授
吉田耕作(昭34.4~昭35.4)※東京大学教授
福原満洲雄(昭35.4~昭36.4)※東京大学教授
伊藤清(昭54.4~昭55.4)※学習院大学教授
伊藤清(昭55.4~昭56.4)
藤田宏(昭56.4~昭57.4)※東京大学教授
藤田宏(昭57.4~昭58.4)
木村俊房(昭58.4~昭59.4)※東京大学教授
木村俊房(昭59.4~昭60.4)
小松彦三郎(昭60.4~昭61.4)※東京大学教授
小松彦三郎(昭61.4~昭62.4)
伊藤清三(昭62.4~昭63.4)※東京大学名誉教授
伊藤清三(昭63.4~平元.4)
服部晶夫(平元.4~平 2.4)※東京大学教授
服部晶夫(平 2.4~平 3.4)
藤原大輔(平 3.4~平 4.4)※東京工業大学教授
藤原大輔(平 4.4~平 5.4)
飯高茂(平 5.4~平 6.4)※学習院大学教授
飯高茂(平 6.4~平 7.4)
岡本和夫(平 7.4~平 8.4)※東京大学教授
岡本和夫(平 8.4~平 9.4)
浪川幸彦(平 9.4~平10.4)※名古屋大学教授
浪川幸彦(平10.4~平11.4)
松本幸夫(平11.4~平12.4)※東京大学教授
松本幸夫(平12.4~平13.4)
楠岡成雄(平13.4~平14.4)※東京大学教授
楠岡成雄(平14.4~平15.4)
森田康夫(平15.4~平16.4)※東北大学教授
森田康夫(平16.4~平17.4)
小島定吉(平17.4~平18.4)※東京工業大学教授
小島定吉(平18.4~平19.4)
谷島賢二(平19.4~平20.4)※学習院大学教授
谷島賢二(平20.4~平21.4)
坪井俊(平21.4~平22.4)※東京大学教授
坪井俊(平22.4~平23.4)
宮岡洋一(平23.4~平24.5)※東京大学教授
宮岡洋一(平24.5~平25.5)
舟木直久(平25.5~平26.5)※東京大学教授
舟木直久(平26.5~平27.5)
小谷元子(平27.5~平28.5)※東北大学教授。初の女性理事長


■一般社団法人日本数学会(にほんすうがっかい)は1877年に設立された東京数学会社を起源とし、1946年に設立された学会である

■事務局:東京都台東区台東

略歴・経歴(プロフィール)
■小谷元子(こたに・もとこ)
日本の数学研究者。一般社団法人日本数学会 理事長。東北大学教授。1960年大阪府で生まれる。東京大学数学科卒業。東京都立大学で博士号取得。東北大学助教授。2004年 東北大学教授。2005年に猿橋賞受賞。2015年5月 日本数学会の理事長に女性で初めて就任

臨床研究総合センター

臨床研究総合センターの歴代センター長


髙橋良輔(臨床研究総合センター センター長)


■京都大病院臨床研究総合センターは企業治験の受託にとどまらず、医師主導治験・臨床研究の準備・運営・実施にいたるすべての局面において、共同作業・情報交換・人材育成を行い、質の高い臨床研究が行えるよう目指している

■所在地は京都市左京区

■臨床研究総合センターの創設
2012年6月、京都大学医学部附属病院は厚生労働省より、基礎研究、開発段階の臨床研究から市販後の臨床研究までの一連の流れと、そこから新たな基礎研究につながるというイノベーションの循環の中で、医薬品、医療機器等の研究開発を推進し、医療の質に向上につなげていくための拠点、「臨床研究中核病院」として選定された


沿革
■1999年4月 治験管理センターを創設 (院内措置)

■2001年2月 EBM共同研究センターを創設

■2001年4月 探索医療センターを創設

■2001年10月 疫学研究情報管理学講座 (支援講座)設立 (2006年9月まで)

■2001年12月 探索医療検証部 研究開始

■2002年11月 探索医療臨床部 研究開始

■2007年5月 EBM共同研究センターの名称をEBM研究センターに変更

■2009年10月 EBM研究プロジェクトの設置 (2011年9月まで)

■2012年6月 厚生労働省「臨床研究中核病院」に選定

■2013年4月 臨床研究総合センターを創設

大日本印刷株式会社

大日本印刷の歴代社長


佐久間貞一(創業者。前身となる秀英舎を設立)
保田久成(秀英舎2代目社長)※貞一の義兄
増田義一(1935年社長就任) ※秀英舎と日清印刷が合併、社名を大日本印刷
北島織衛( ~1979年)※大日本印刷中興の祖
北島義俊(1979年~  )※北島織衛の長男


■秀英舎(後の大日本印刷)は1876年、佐久間貞一を中心に宏仏海、大内青巒、保田久成が共同出資して、活版での印刷会社として東京京橋の弥左衛門町に創立された

■秀英舎は「英国より秀でる」という思いから付けられた

■1935年 秀英舎と日清印刷が合併、社名を大日本印刷へ変更した


略歴・経歴(プロフィール)
■佐久間貞一(さくま・ていいち)
【1848年~1898年】明治の実業家。印刷・出版業の先駆者。大日本印刷株式会社の創業者。戊辰戦争に際し彰義隊に参加。明治維新後事業を志す。活版印刷所・秀英舎(後の大日本印刷)を創立。西洋式製版所の生巧館、大日本図書株式会社を起こすなど、印刷・出版業界の草分けとなり、多くの事業に参加した


略歴・経歴(プロフィール)
■北島義俊 (きたじま・よしとし)
日本の経営者。大日本印刷株式会社の社長を長年務める。1933年8月25日生まれ。父親は大日本印刷中興の祖の北島織衛。慶應義塾大学経済学部卒業。富士銀行(現・ミズホ)入行。1963年 大日本印刷入社。1979年12月 社長就任。2014年4月 東京医科歯科大学 経営協議会学外委員就任

西村器械株式会社

西村器械の歴代社長


中井真喜雄(代表取締役社長)


■西村器械株式会社は京都市中京区に拠点を置く、国内・海外有力メーカーの医療機器・医療材料を販売する会社である

■2005(平成17)年 11月30日 エア・ウォーター株式会社の100%子会社となる

■所在地
・京都市中京区河原町通夷川上ル指物町330番地

■設立:1969年(昭和44年) 11月

■事業内容:国内・海外有力メーカーの医療機器・医療材料を販売・メンテナンス

■従業員数:121名(2014年7月現在)

■経営陣
代表取締役社長:中井 真喜雄
専務取締役:廣野拓治
常務取締役:豊島貴司
取締役:池藤俊一
取締役:豊田喜久夫
監査役:片野倶宏

京都支店社員:西村幸造


沿革
■1969(昭和44)年11月 会社設立(医療用具販売業を届出 営業開始)

■1992(平成4)年 大阪営業所 業務拡張により移転

■1994(平成6)年 ニューヨーク事務所開設

■1995(平成7)年 滋賀営業所開設 メドニス物流センター設立

■2005(平成17)年 11月30日 エア・ウォーター株式会社の100%子会社となる

■2010(平成22)年 奈良支店 業務拡張により移転

■2011(平成23)年 金沢営業所開設

東武鉄道株式会社

東武鉄道の歴代社長


発起人:川崎八右衛門
初代:初代根津嘉一郎(1905年~1941年)※東武グループ創業者
2代:2代根津嘉一郎(1941年~1994年)※初代嘉一郎の長男
3代:内田隆滋(1994年~1999年)
4代:根津嘉澄(1999年~  )

※初代嘉一郎の代に社長職を新設


■東武鉄道株式会社は、交通・流通・住宅・レジャーなどの関連会社からなる東武グループの中核となる日本の企業である

■東京都・埼玉県・千葉県・栃木県・群馬県の1都4県に鉄道路線を有する大手私鉄である

■「東武」の名称は武蔵国の東部に由来する。創立は大手私鉄の中では一番古い


略歴・経歴(プロフィール)
■根津嘉一郎(ねづ・かいちろう
【1860年~1940年】東武グループ創業者。衆議院議員(4期)、貴族院議員を務める。東武鉄道や南海鉄道(現・南海電気鉄道)など日本国内の多くの鉄道敷設や再建事業に関わり「鉄道王」と呼ばれた。教育事業も手がけ、旧制武蔵高等学校(現・武蔵中学校・高等学校)を創立。現・山梨県山梨市生まれ

株式会社岩波書店

岩波書店の歴代社長


岩波茂雄(創業者)
大塚信一(1997年~2003年)
山口昭男(2003年~2013年)
岡本厚(2013年~ )


■株式会社岩波書店(いわなみしょてん)は、日本の出版社である

■1913年(大正2年)8月5日、岩波茂雄が東京市神田区南神保町16番地(現・東京都千代田区神田神保町)に開いた古書店がスタートとなった

■多くの学術書を出版するだけでなく、岩波文庫や岩波新書を出版するなどして古典や学術研究の成果を社会に普及させることに貢献する

■戦後は、日本の単巻辞書としては最大級の収録数を誇る国語辞典『広辞苑』(新村出著・編)の発行で知られている


略歴・経歴(プロフィール)
■岩波茂雄(いわなみ・しげお)
【1881年~1946年】岩波書店創業者。長野県(現・諏訪市)で農家の子として生まれた。帝国大学(現・東京大学)哲学科を卒業すると神田高等女学校の教師になる。教師を辞めて古本屋を開業。その後出版事業に乗り出す。処女出版が文豪・夏目漱石の「こころ」であった。関東大震災で商売上の財産を全て失うが、その後、わが国の文庫文化を創り出す先駆となる「岩波文庫」を創刊する。66歳で没

東京急行電鉄株式会社

東京急行電鉄の歴代社長


※法人としては1920年設立の目黒蒲田電鉄が母体
※初代社長は竹田政智、専務は五島慶太。合併・買収を進めて五島が社長に就任して以降の歴代社長


五島慶太(1936年~1944年)
篠原三千郎(1944年~1945年)
平山孝(1945年~1945年)
小宮山次郎(1945年~1946年)
小林中(1946年~1947年)
井田正一(1947年~1948年)
鈴木幸七(1948年~1954年)
五島昇(1954年~1987年)
横田二郎(1987年~1995年)
清水仁(1995年~2001年)
上篠清文(2001年~2005年)
越村敏昭(2005年~ )
野本弘文(2011年~ ) 


■東京急行電鉄株式会社は、東京都南西部から神奈川県東部に路線を展開する、鉄軌道事業などを行う会社である

■略称は東急(とうきゅう)

■公式略称は「東京急行」としていたが、2006年1月1日より「東急電鉄」に変更した


略歴・経歴(プロフィール)
■五島慶太(ごとう・けいた)
【1882年~1959年】東急電鉄創業者。長野県生まれ。東京帝国大学法学部卒。農商務省、鉄道院勤務を経て荏原電鉄入りし専務。大正11年、目黒蒲田電鉄を設立。以降、京浜電鉄、京王電気軌道等を買収し、昭和14年に東京横浜電鉄(現・東急)を設立。戦後、多角化戦略をすすめ、東急グループを形成した。武蔵工業大学、東横学園、五島育英会の創立者。77歳で没。著書に「事業を生かす人」


略歴・経歴(プロフィール)
■野本弘文(のもと・ひろふみ)経歴(プロフィール)
日本の経営者。東京急行電鉄(東急)社長。昭和22年9月27日生まれ。福岡県出身。1971年 早稲田大学理工学部卒業。東急に入社。事業戦略推進本部メディア事業室長・統括室長、東急の系列ケーブルテレビ会社イッツ・コミュニケーションズ社長、本社取締役を経て2011年に社長就任

株式会社毎日放送

毎日放送の歴代社長


初代:杉道助(1950年に就任)
山本雅弘(2002年6月~2007年6月)
河内一友(2007年6月~2015年6月)
三村景一(2015年6月~  )


■株式会社毎日放送(まいにちほうそう)は、近畿広域圏を放送対象地域とする特定地上基幹放送事業者である

■本社所在地:大阪府大阪市北区茶屋町

■1950年(昭和25年)12月27日 「新日本放送株式会社(現・株式会社毎日放送)を天神橋7丁目に設立。初代社長に杉道助が就任した


略歴・経歴(プロフィール)
■杉道助(すぎ・みちすけ)
【1884年~1964年】日本の実業家。八木商店社長、日本商工会議所副会頭、第16代大阪商工会議所会頭、日本貿易振興機構(ジェトロ)理事長などを歴任。大阪商工会議所ではリーダーシップを発揮し、戦後大阪の経済復興に大きな役割を果たした。山口県山口市生まれ。郷里は萩。慶應義塾大学卒


略歴・経歴(プロフィール)
■河内一友(かわうち・かずとも)
日本の経営者。株式会社毎日放送 社長を歴任。京都府京都市出身。1971年 同志社大学文学部卒業。毎日放送入社。東京支社テレビ営業第一部長、2002年 取締役。2003年 常務取締役。2007年6月 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■三村景一(みむら・けいいち)
日本の経営者。株式会社毎日放送 社長。テレビプロデューサー。1955年1月2日生まれ。兵庫県出身。慶大商卒業。毎日放送入社。2007年 取締役。2011年 常務。2015年6月25日 社長に就任

大正製薬株式会社

大正製薬の歴代社長


初代:石井絹治郎(1928年~1943年)
2代:石井輝司(1943年~1946年)
3代:上原正吉(1946年~1965年)
4代:上原小枝(1965年~1966年)
5代:上原正吉(1966年~1973年)
6代:上原昭二(1973年~1982年)
7代:上原明(1982年~2012年)
8代:上原茂(2012年~  )

※小枝は正吉が科学技術庁長官に就任した後、社長になる


■大正製薬株式会社(たいしょうせいやく)は、石井絹治郎が設立した東京都豊島区高田に本社を置く製薬会社である

■栄養ドリンクのロングセラー「リポビタンD」の製造発売元として、その名を広く知られている


略歴・経歴(プロフィール)
■上原正吉(うえはら・しょうきち)
【1897年~1983年】日本の経営者、政治家(自由民主党参議院議員)。若き頃、大正製薬創業者の石井絹治郎に見出され、以後、懐刀として活動、後に第3代目社長に就任した。埼玉県で生まれる


略歴・経歴(プロフィール)
■上原明(うえはら・あきら )
日本の経営者。大正製薬株式会社7代目社長。1941年生まれ。東京都港区麻布出身。慶應義塾大学経済学部卒業。1966年4月、日本電気株式会社(NEC)入社。NECを退社し1977年大正製薬株式会社に入社。大正製薬元社長・上原昭二(現・名誉会長)の長女(正子)と結婚し、婿養子となった。1982年6月同社 代表取締役社長就任

昭和電工株式会社

昭和電工の歴代社長


初代:森矗昶(1939年~1940年)
2代:鈴木忠治(1940年~1945年)
3代:森曉(1945年~1947年)
4代:日野原節三(1947年~1949年)
5代:永井清次(1949年~1951年)
6代:石川一郎(1951年~1953年)
7代:佐竹次郎(1953年~1959年)
8代:安西正夫(1959年~1971年)
9代:鈴木治雄(1971年~1981年)
10代:岸本泰延(1981年~1987年)
11代:村田一(1987年~1997年)
12代:大橋光夫(1997年~2005年)
13代:高橋恭平(2005年~2011年)
14代:市川秀夫(2011年~2017年1月)
15代:森川宏平(2017年1月~ )


■昭和電工は1939年、日本電気工業と昭和肥料が合併して設立された

■日本電気工業の前身・日本沃度が設立された1926年を創業年としている

■昭和電工株式会社(しょうわでんこう)は日本の化学工業会社である

■本社所在地:東京都港区芝大門


略歴・経歴(プロフィール)
■森矗昶(もり・のぶてる)
【1884年~1941年】日本の実業家。森コンツェルンの創設者、昭和電工株式会社初代社長、衆議院議員を歴任。千葉県出身


略歴・経歴(プロフィール)
■安西正夫(あんざい・まさお)
【1904年~1972年】日本の実業家。商学博士。昭和電工株式会社8代目社長。千葉県で生まれる。東京帝国大学経済学部卒業。1932年 日本沃度(昭和電工の前身)に入社。1959年 昭和電工社長。1971年 商学博士号を取得

マルハニチロ株式会社

マルハニチロの歴代社長


初代:中部幾次郎(1924年~1950年)
2代:中部兼市(1950年~1953年)
3代:中部謙吉(1953年~1977年)
4代:中部藤次郎(1977年~1987年)
5代:天辰祐之郎(1987年~1989年)
6代:中部慶次郎(1989年~2002年)
7代:五十嵐勇二(2002年~2014年)
8代:伊藤滋(2014年~  )


■マルハニチロ株式会社は、東京都江東区に本社を有する日本の大手食品会社である


略歴・経歴(プロフィール)
■中部幾次郎(なかべ・いくじろう)
【1866年~1946年】日本の実業家。林兼商店(後の大洋漁業、現在のマルハニチロの前身の一つ)創業者。貴族院議員。1880年兵庫県明石で海産物商の林兼商店を営み、1905年日本最初の石油発動機付鮮魚運搬船を建造。朝鮮近海に活躍し大をなした。1916年漁船発動機を製造する会社を設立するとともに漁業に進出。以来、近代的漁法を採り入れ底引や捕鯨・北洋漁業などを営み、1936年日本初の国際捕鯨母船をつくり、船団で南氷洋捕鯨を展開した


略歴・経歴(プロフィール)
■中部謙吉(なかべ・けんきち)
【1896年~1977年】日本の経営者。マルハニチロ株式会社3代目社長。兵庫県明石市に生まれる。明石高等小学校を卒業後、家業の漁船、魚運搬船に乗り組む。1953年、3代目大洋漁業(現マルハニチロ)社長に就任

鳥取養護学校

鳥取養護学校の歴代校長


初代:谷川峰男(教職員13名)
2代:福島俊明(教職員17名)
3代:亀本巖校長(教職員27名)
4代:福嶋巖校(教職員29名)
5代:兒玉耕二(教職員29名)
6代:佐々木俊夫(教職員30名)
7代:三ツ国弘之(教職員29名)
8代:浜部寿(教職員33名)
9代:柴田澄男(教職員37名)
10代:清末宣春(教職員43名)
11代:手皮小四郎(教職員57名)
12代:水石裕士(教職員70名)
13代:盛本裕子(平成19年4月就任)
14代:田中一雄(平成21年4月就任)
15代:小坂祥子(平成23年4月就任)
16代:野坂尚史校(平成25年4月就任)


■鳥取県立鳥取養護学校は鳥取県鳥取市にある学校である

■昭和50年4月
鳥取県立中央病院を仮校舎として鳥取県立鳥取養護学校(小学部6学級、中学部3学級)を開校した

■昭和54年
養護学校義務制実施(小学部7学級、中学部4学級、教職員26名)訪問学級の設置

■平成24年
医療的ケアを行うケアルーム新設工事、管理教室棟1階に隣接する2教室を併せて設置 学校教室棟2階の学習室と技術室を普通教室に改修

■平成26年
創立40周年記念式典
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