日本化薬株式会社

日本化薬の歴代社長


原安三郎(1935年~1973年)※中興の祖
島田紘一郎(2003年8月~2010年8月)
万代晃(2010年8月~2015年6月)
鈴木政信(2015年6月~  )


■日本化薬株式会社(にっぽんかやく)は、東京都千代田区に本社を置く薬品メーカー

■医薬品や農薬などの薬品のほか火薬なども製造している

■火薬事業から出発し、日本初のダイナマイトを製造した

■日本を代表する株価指数である日経225にも採用されている会社である

■1916年、民間爆薬製造会社の設立を決意した山本条太郎が、金子直吉、茂木惣兵衛とともに日本火薬製造株式会社を設立

■その後、帝国染料製造株式会社、山川製薬株式会社を吸収合併し、1945年に現在の社名である「日本化薬株式会社」となる


略歴・経歴(プロフィール)
■原安三郎(はら・やすさぶろう)
【1884年~1982年】日本化薬元社長。徳島県生まれ。早稲田大学商学部卒。日本火薬製造(現・日本化薬)に入社。昭和10年に同社社長。以降、昭和48年会長就任まで38年間、社長を務めた。98歳で没。通商産業調査会会長等を歴任。


略歴・経歴(プロフィール)
■鈴木政信(すずき・まさのぶ)
日本の経営者。日本化薬株式会社 社長。昭和25年7月7日生まれ。埼玉県出身。1979年東北大院博士課程修了。日本化薬入社。2008年 執行役員。2010年 取締役。2014年 取締役専務執行役員。2015年6月25日 社長に就任

株式会社中村屋

中村屋の歴代社長


相馬愛蔵(創業者)

染谷省三(2009年6月~2015年6月)
鈴木達也(2015年6月~ )


■株式会社中村屋(なかむらや)は、東京都新宿区に本社を置く、老舗の食品メーカーである

■一般には老舗の「新宿中村屋」で知られる

■創業:明治34(1901)年12月30日

■設立:大正12(1923)年4月1日

■事業内容
各種和洋菓子、パン、食品の製造・販売、レストランの経営

■1901年12月 現文京区本郷の東京大学正門前にあったパン販売店中村屋を相馬愛蔵・良夫妻が買い取り、個人経営で創業したのが始まり

■クリームパンを日本で初めて販売しており、カレーパンと共に有名である


略歴・経歴(プロフィール)
■相馬愛蔵(そうま・あいぞう)
【1870年~1954年】中村屋創業者。信濃国(長野県)の農家の家に生まれる。松本中学校へ入学。数学で好成績を修める。明治20年、上京し東京専門学校(現・早稲田大学)入学。明治34年、本郷の「中村屋」店主となる。明治37年、新案のクリームパン、クリームワッフルを発売。明治40年、新宿に出店。昭和2年、喫茶部を開発。インドの独立運動家ボースから本場のインド式のカレーを伝授される。このカレーが日本初の純インド式カレーと言われ、現在も同店のメインメニューとなっている。83歳で没。著書「一商人として」岩波書店


略歴・経歴(プロフィール)
■鈴木達也(すずき・たつや)
日本の経営者。株式会社中村屋 社長。昭和29年6月7日生まれ。東京都出身。1978年 慶大経卒業。中村屋入社。2009年 執行役員。2011年 取締役。2015年6月26日 社長に就任

日本銀行

日本銀行の歴代総裁


初代:吉原重俊(1882年10月~1887年12月)※横浜正金銀行管理長
2代:富田鉄之助(1888年2月~1889年9月)※大蔵大書記官
3代:川田小一郎(1889年9月~1896年11月※三菱財閥
4代:岩崎弥之助(1896年11月~1898年10月)※三菱合資会社
5代:山本達雄(1898年10月~1903年10月)  
6代:松尾臣善(1903年10月~1911年5月)  
7代:高橋是清(1911年6月~1913年2月)  
8代:三島弥太郎(1913年2月~1919年3月)  
9代:井上準之助(1919年3月~1923年9月)  
10代:市来乙彦(1923年9月~1927年5月)  
11代:井上準之助(1927年5月~1928年6月)  
12代:土方久徴(1928年6月~1935年6月)  
13代:深井英五(1935年6月~1937年2月)  
14代:池田成彬(1937年2月~1937年7月)  
15代:結城豊太郎(1937年7月~1944年3月)  
16代:渋沢敬三(1944年3月~1945年10月)  
17代:新木栄吉(1945年10月~1946年5月)  
18代:一万田尚登(1946年6月~1954年12月)  
19代:新木栄吉(1954年12月~1956年11月)  
20代:山際正道(1956年11月~1964年12月)  
21代:宇佐美洵(1964年12月~1969年12月)  
22代:佐々木直(1969年12月~1974年12月)  
23代:森永貞一郎(1974年12月~1979年12月)  
24代:前川春雄(1979年12月~1984年12月)  
25代:澄田智(1984年12月~1989年12月)※日本輸出入銀行総裁
26代:三重野康(1989年12月~1994年12月)※日本銀行副総裁
27代:松下康雄(1994年12月~1998年3月)※太陽神戸三井銀行会長
28代:速水優(1998年3月~2003年3月)※日本銀行理事
29代:福井俊彦(2003年3月~2008年3月)※日本銀行副総裁
30代:白川方明(2008年4月~2013年3月)※京都大学経済学部教授
30代:黒田東彦(2013年3月~  )※アジア開発銀行総裁。財務省


略歴・経歴(プロフィール)
■川田小一郎(かわだ・こいちろう)
【1836年~1896年】日銀総裁(3代)10月4日土佐国土佐郡旭村(高知県高知市)生まれ。土佐藩に出仕後、三菱財閥の創業者となる岩崎弥太郎を知り、九十九商会時代から弥太郎の配下で管事となって事業を助け、三菱財閥創業期の功労者となる。鉱山、炭鉱関係の事業を推進し三菱の基礎を築いた。岩崎弥太郎の死後三菱の第一線から退き、明治22年、第3代日本銀行総裁に就任。さらに帝国議会開設と同時に貴族院勅選議員になった。日銀総裁在任中に急死。61歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■岩崎弥之助(いわさき・やのすけ)
【1851年~1908年】三菱財閥2代当主。土佐国安芸郡井ノ口村(高知県安芸市)に生まれる。明治5年米国に留学。兄弥太郎の片腕となって九十九商会以来の草創期三菱の事業に尽力した。明治18年、弥太郎の死後、海運業を分離した後の三菱社の社長となり、事業多角化に努め、1893年財閥本社(三菱社)、銀行、鉱山、炭礦、造船などを一体とした三菱合資会社を発足させた。明治23年には貴族院議員に勅選。明治29年、日本銀行第4代総裁に就任。57歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■高橋是清(たかはし・これきよ)
【1854年~1936年】日銀総裁、大蔵大臣、内閣総理大臣(20代)歴任。江戸生まれ。1875年、東京英語学校教師となる。1881年、農商務省工務局に入る。1892年、日銀に入る。1911年、日銀総裁となる。1913年、大蔵大臣、1921年、第20代内閣総理大臣。総理大臣辞職後も農商務相、大蔵大臣を歴任。1936年、2・26事件。赤坂の私邸で反乱軍の襲撃を受け、青年将校に射殺される。83歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
■井上準之助(いのうえ・じゅんのすけ)
【1869年~1932年】日本の政治家、財政家。第9、11代日本銀行総裁。大蔵大臣、貴族院議員を歴任。現・大分県日田市大鶴町で造り酒屋を営む家で生まれた。東京帝国大学法科大学英法科卒


略歴・経歴(プロフィール)
■池田成彬(いけだ・せいひん)
【1867年~1950年】三井合名筆頭常務。山形県米沢市生まれ。慶応義塾卒後、米ハーバード大学に学び、時事新報社を経て三井銀行(現・三井住友銀行)入行。昭和8年、三井合名常務理事に就任して三井改革を断行。三井財閥近代化に功績を残した。昭和12年、日銀総裁。昭和13年、大蔵大臣(現・財務大臣)兼商工大臣。83歳で没。著書に「私の人生観」他。なお成彬の名は本来「しげあき」と呼ぶが、本人は「せいひん」を名乗った


略歴・経歴(プロフィール)
■結城豊太郎(ゆうき・とよたろう)経歴(プロフィール)
【1877年~1951年】日本の銀行家、大蔵大臣・日本銀行総裁を歴任。山形県南陽市赤湯出身。東京帝国大学卒業。日本銀行入行、大阪支店長、理事などを経て安田財閥の指導者に転身し、同財閥の改革に尽力した。その後、日本興業銀行総裁・大蔵大臣・日本銀行総裁を歴任した


略歴・経歴(プロフィール)
■宇佐美洵(うさみ・まこと)
【1901年~1983年】第21代日本銀行総裁、三菱銀行(現・三菱東京UFJ)頭取。東京出身。慶大卒業後、三菱銀行にはいり、昭和36年頭取に就任。昭和39年戦後はじめての民間出身の日銀総裁となり、昭和40年の証券不況のさい日銀特別融資をおこなった。82歳で死去

理化学研究所

理化学研究所の歴代理事長


初代:松本紘(2015年4月~  )


■国立研究開発法人理化学研究所(りかがくけんきゅうしょ)は埼玉県和光市に本部を持つ自然科学系総合研究所である。略称は「理研」

■理化学研究所(理研)は、1917年(大正6年)に、産業の発展のために科学研究と応用研究を行なう財団法人として創立された、一世紀にわたる長い歴史を持つ研究所である

■その後、株式会社や特殊法人を経て、独立行政法人として再発足し、2015年4月に国立研究開発法人となった

■日本で唯一の自然科学の総合研究所として、国と時代の要請に応えながら形を変えつつも、物理学、工学、化学、計算科学、生物学、医科学など幅広い分野で先導的な研究を進めている

■鈴木梅太郎、寺田寅彦、中谷宇吉郎、長岡半太郎、嵯峨根遼吉、池田菊苗、本多光太郎、湯川秀樹、朝永振一郎、仁科芳雄、菊池正士など多くの優秀な科学者を輩出している


略歴・経歴(プロフィール)
■松本紘(まつもと・ひろし)
日本の工学者。理化学研究所理事長。国立大学法人京都大学総長を歴任。宇宙政策委員会委員。専門は宇宙科学、宇宙電波工学。1942年11月17日、中国張家口で生まれる。京都大学工学部電子工学科卒業。京都大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了。京都大学生存圏研究所教授、京都大学名誉教授、国立大学法人京都大学総長。2015年4月理化学研究所理事長に就任

日本原子力発電株式会社

日本原子力発電の歴代社長


浜田康男(2011年6月~2015年6月)
村松衛(2015年6月~   )


■日本原子力発電株式会社(にほんげんしりょくはつでん)は、茨城県那珂郡東海村と福井県敦賀市に原子力発電所を持つ卸電気事業者である

■設立は1957年で、東海村にある東海発電所は日本最初の商業用原子炉である

■日本に商用原子力発電を導入するために、電気事業連合会加盟の電力会社9社と電源開発の出資によって設立された

■略称として原電(げんでん)または日本原電(にほんげんでん)が使われる

■本社所在地:東京都千代田区神田美土代町1番地1


略歴・経歴(プロフィール)
■濱田康男(はまだ・やすお)
日本の経営者。日本原子力発電株式会社社長を歴任。1949年5月29日生まれ。鳥取県出身。大阪大学法学部卒業。関西電力株式会社入社。2009年 副社長。2011年6月 日本原子力発電の取締役社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■村松衛(むらまつ・まもる)
日本の経営者。日本原子力発電株式会社 社長。神奈川県出身。1978年 慶大経卒業。東京電力入社。2012年 常務執行役。2014年 日本原子力発電 副社長。2015年6月30日 社長に就任

日本車輌製造株式会社

日本車輌製造の歴代社長


篠原治
松田和久(2000年6月~2006年6月)
生島勝之(2006年6月~2010年6月 )
中川彰(2010年6月~2015年6月) 
森村勉(2015年6月~2016年6月)
五十嵐一弘(2016年6月~ )


■日本車輌製造株式会社(にっぽんしゃりょうせいぞう)は、鉄道車両、建設機械、特装車、橋梁、農業用プラントなど、特に「大型」と呼ばれる分野をメインに生産を行う大手企業である

■1996年より日本車両の呼称を使用している。略称は「日車」

■1896年に名古屋で創業した老舗である。本社は愛知県名古屋市熱田区

■2008年8月 東海旅客鉄道(JR東海)と業務資本提携契約を結ぶ。JR東海がTOBを実施し、株式の50.1%を取得。JR東海の連結子会社となった


略歴・経歴(プロフィール)
■中川彰(なかがわ・あきら) 
日本の経営者。日本車輌製造株式会社社長を歴任。 愛知県出身。1969年 東北大工卒業。日本国有鉄道入社。1987年 東海旅客鉄道(JR東海)入社。2006年 副社長。2008年 日本車両製造副社長。2010年6月29日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■森村勉(もりむら・つとむ)
日本の経営者。日本車輌製造株式会社 社長。東京都出身。1972年 東大工卒業。日本国有鉄道入社。2002年 東海旅客鉄道取締役。2012年 副社長。2014年 日本車両製造副社長。2015年6月26日 社長に就任

三菱農機株式会社

三菱農機の歴代社長


佐藤忠次郎(創業者)
鳥取勝美(2014年6月~ )※プロパーから初の社長就任


■三菱農機株式会社(みつびしのうき)は、島根県松江市に本社を置く、農業機械全般を開発・製造する企業である

■三菱重工業系列

■農業機械の生産高はクボタ、ヤンマー、井関農機に次いで2013年(平成25年)現在、日本第4位となっている

■事業内容:農業機械の製造販売 等

■市場情報:非上場

■1914年(大正3年) 佐藤忠次郎(さとう・ちゅうじろう)がサトー式稲扱機で創業

■1945年 佐藤造機株式会社に社名変更

■2011年 三菱重工業の完全子会社となる


略歴・経歴(プロフィール)
■佐藤忠次郎(さとう・ちゅうじろう)
【1887年~1944年】日本の実業家。佐藤造機(現・三菱農機)の創設者。現・松江市で生まれる。自転車の車輪の回転が道端の稲穂を引っ掛けているのを発見し、高速に回転するものに稲穂を当てれば、効率よく稲穂が落ちるのではないかと考え、1914年に回転式稲扱機の発明に成功。1917年には、中耕除草器の発明に成功。その後「佐藤造機」を設立した。三菱農機本社の公園内には、高さ1.3mの銅像がある。佐藤忠次郎が暮らしていた家は、「佐藤忠次郎記念館」として、保存されている

株式会社小西美術工藝社

小西美術工藝社の歴代社長


デービット・アトキンソン(2011年から会長兼社長に就任)


■小西美術工藝社は日光東照宮の華麗な陽明門の修復を手がけるなど、300年以上の歴史を持つ老舗の職人集団

■創業:江戸時代寛永年間 

■法人設立:昭和32年(1957年)12月10日

■本社:東京都港区芝4丁目4番5号 三田KMビル3F

■代表取締役社長:アトキンソン・デービッド・マーク

■代表取締役社主:小西美奈

■事業内容
・社寺殿堂、邸宅、文化財及び国宝建造物等に対する美術工芸工事の請負業
・漆工芸品博物館(うるし博物館)の管理・運営
・建築工事の設計、施工及び監理

■施工実績
・旧江戸城外桜田門
・伊豆山神社
・諏訪神社
・大井俣窪八幡神社
・寛永寺旧本坊表門(黒門)
・東照宮 東西透塀
など


略歴・経歴(プロフィール)
■デービット・アトキンソン
株式会社小西美術工藝社代表取締役会長兼社長。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学にて日本学専攻。アンダーセン・コンサルティング、ソロモン・ブラザーズを経て、1992年にゴールドマン・サックス入社。2009年に小西美術工藝社に入社し、2011年から同社会長兼社長に就任

第一三共株式会社

第一三共の歴代社長


高峰譲吉(三共初代社長)

庄田隆(2005年9月~2010年6月)
中山讓治(2010年6月~2017年3月)
真鍋淳(2017年4月~ )


■第一三共株式会社(だいいちさんきょう)は、東京都中央区日本橋本町に本社を置く、日本の製薬会社である

■ 2005年9月28日 三共株式会社と第一製薬株式会社とが経営統合した


略歴・経歴(プロフィール)
■高峰譲吉(たかみね・じょうきち)
【1854年~1922年】三共商店(現・第一三共)創業者。加賀藩典医、高峰精一の長男として、現在の富山県高岡市に生まれる。1873年、工部大学校(現・東大工学部)に入学。1880年、英国留学。1884年、帰国後、米国ニューオーリンズ万国に事務官として出張。1890年、高峰式元こうじ改良法で特許。米国移住。1892年、高峰式のウイスキー製造実験に成功。1899年、日本での同酵素製造販売のため、三共商店(現・第一三共)設立する。67歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
中山讓治(なかやま・じょうじ)
■日本の経営者。第一三共株式会社 社長。昭和25年5月11日生まれ。大阪大学基礎工学部大学院生物工学科修士課程修了、ノースウェスタン大学院でMBA取得後、サントリーに入社。サントリー生物医学研究所社長、サントリーファーマ社長、第一製薬取締役を経て、第一三共執行役員、常務、副社長。2010年6月社長に就任

株式会社イチケン

イチケンの歴代社長


水野憲雄(2007年6月~2011年5月)
土谷忠彦(2011年5月~2015年6月)
長谷川博之(2015年6月~  )


■株式会社イチケンは総合建設業を営む企業である

■創業:昭和5年6月

■市場情報:東証1部

■本店:東京都台東区北上野2丁目23番5号(住友不動産上野ビル2号館)

■営業種目
・貸ビル賃貸業
・住宅・商業施設ディベロッパー事業
・都市環境整備事業
・複合商業施設企画・設計・施工・監理
・専門店舗企画・設計・施工・監理


略歴・経歴(プロフィール)
■土谷忠彦(つちや・ただひこ)
日本の経営者。株式会社イチケン社長を歴任。昭和22年10月28日生まれ。福岡県出身。1970年 法政大法卒業。ダイエー入社。2001年同社取締役。2005年 イチケン取締役専務執行役員。2011年5月10日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■長谷川博之(はせがわ・ひろゆき)
日本の経営者。株式会社イチケン社長。昭和35年2月4日生まれ。兵庫県出身。1982年 近畿大理工卒業。イチケン入社。2001年に取締役。2005年に常務。2007年に取締役兼常務執行役員。2014年に専務執行役員。2015年6月26日 社長に就任

綜合警備保障(アルソック)

アルソックの歴代社長


村井順(創業者)※初代内閣情報調査室長
村井恒夫(1986年9月~1994年6月)※創業者・村井順の長男
漆間英治
村井温(2001年6月~2012年)※創業者・村井順の次男
青山幸恭(2012年4月~  )※大蔵省出身


■綜合警備保障株式会社(そうごうけいびほしょう)は、日本の警備、セキュリティーサービス会社である

■コーポレートブランドは「ALSOK」(アルソック)

■設立:1965年7月16日

■特に金融機関の警備に強みを発揮してきた。主力の機械警備を基とし、ATMコーナー営業管理システム、ATMの障害対応から警備輸送、多機能ATMの運用などにより金融機関のニーズに応えている


略歴・経歴(プロフィール)
■村井順(むらい・じゅん)
【1909年~1988年】日本の警察官僚、実業家。初代内閣情報調査室長、綜合警備保障株式会社(アルソック)創業者。東京出身。東京帝国大学卒業。内務省に入省。国家地方警察本部初代警備課長。「内閣総理大臣官房調査室」(現内閣情報調査室)という小さな情報機関を設立。初代室長を務める。1964年東京オリンピック組織委員会事務局次長となり、1965年に民間警備会社、綜合警備保障を設立した


略歴・経歴(プロフィール)
■青山幸恭(あおやま・ゆきやす)
1952年神奈川県生まれ。都立日比谷高、東大法卒。1975年大蔵省(現財務省)入省。東京国税局査察部長、和歌山県警本部長、横浜税関長などを経て2006年 関税局長。2008年 退官し綜合警備保障に入社し常務。2009年 専務、2010年 副社長を経て、2012年4 月社長に就任

株式会社インテック

インテックの歴代社長


宮地秀明(2005年4月~2007年3月)
金岡克己(2007年4月~2012年6月)
滝沢光樹(2012年6月~2015年5月)
日下茂樹(2015年5月~  )


■株式会社インテック は、独立系の大手システムインテグレーターである

■ITコンサルティング、システムインテグレーション、アウトソーシング、ソフトウェア開発、ネットワークサービスを提供する、総合ITベンダーである

■設立:1964年(昭和39年)1月11日

■本社所在地:富山県富山市


略歴・経歴(プロフィール)
■滝沢光樹(たきざわ・こうじゅ)
日本の経営者。株式会社インテック社長を歴任。富山県出身。1973年 富山大工卒業。インテック入社。1999年 取締役。2011年 副社長。2012年6月22日 社長に就任。2015年5月18日 子会社のインテックソリューションパワー会長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■日下茂樹(くさか・しげき)
日本の経営者。株式会社インテック社長。福岡県出身。1977年 東大工卒業。三菱商事入社。執行役員などを経て、2011年インテック入社、常務。2015年5月18日 社長に就任

日本曹達株式会社

日本曹達の歴代社長


中野友禮(創立者)※日曹コンツェルンを築く

杵渕裕(   ~2015年6月)
石井彰(2015年6月~   )


■日本曹達株式会社(にほんソーダ)は、東京都千代田区に本社がある日本の化学会社である

■略称は「日曹」(にっそう)

■かつては日曹コンツェルンの中核企業であった

■設立:1920年(大正9年)2月

■本社所在地:東京都千代田区大手町二丁目2番1号新大手町ビル

■事業内容
農業化学品、医薬中間体、電子材料等の高付加価値有機・無機化学製品及び各種工業薬品等の製造・販売を行う


略歴・経歴(プロフィール)
■中野友禮(なかの・とものり)
【1887年~1965年】日本の実業家。中野式食塩電解法の開発を契機に日曹コンツェルンを築く。福島県大沼郡川西村(現・三島町)西方の旧会津藩士の家に生まれる。京都帝国大学理学部化学教室助手となり、中野式食塩電解法(電解ソーダ法)を開発し特許を得る。中野はこの技術を元にして、1920年に日本曹達を設立した


略歴・経歴(プロフィール)
■石井彰(いしい・あきら)
日本の経営者。日本曹達株式会社 社長。昭和28年7月8日生まれ。千葉県出身。1976年慶大法卒業。日本曹達入社。2009年に取締役。2013年に取締役常務執行役員。2015年6月26日 社長に就任

大東紡織株式会社

大東紡織の歴代社長


佐波宏行
慶田浩一
鹿川紘一(2003年6月~2006年6月)
筧正澄(2006年6月~2010年6月)
国広伸夫(2010年6月~2015年6月)
山内一裕(2015年6月~  )


■大東紡織株式会社(だいとうぼうしょく)は、1896年(明治29年)創業で日本の羊毛紡織の草分けである

■明治時代に三井財閥系の毛織会社として発足した。最大手の日本毛織(ニッケ)より先の創業である

■設立:1896年(明治29年)2月27日

■本社所在地:東京都中央区日本橋小舟町6番6号小倉ビル


略歴・経歴(プロフィール)
■国広伸夫(くにひろ・のぶお)
日本の経営者。大東紡織株式会社社長を歴任。昭和27年4月4日生まれ。1976年 東大法卒業。三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。2010年 大東紡織顧問。2010年6月29日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■山内一裕(やまうち・かずひろ)
日本の経営者。大東紡織株式会社 社長。昭和32年1月5日生まれ。大阪府出身。1979年大阪市立大法卒業。三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。2009年に大東紡織の取締役。2010年に常務。2012年に専務。2013年に取締役専務執行役員。2015年6月25日 社長に就任

ドクター中松創研

ドクター中松創研の歴代社長


初代:中松義郎(創立者で代表取締役)


■創業:昭和32年6月26日

■資本金:1億円(払込済)授権資本4億円

■事務所【本社】東京都世田谷区下馬6-31-10

■主要取引先
・カシオ計算機
・リコー
・シャープ
・三菱重工業
・川﨑重工業
・東芝GE
・日本航空
・全日空
・沖縄米空軍
・本田技研
・京セラ
・石川島播磨重工業
・GE横河メカトロニクス
・東芝情報システムズ、ティアック
その他多数


略歴・経歴(プロフィール)
■中松義郎(なかまつ・よしろう)
日本の発明家、実業家、政治活動家。「ドクター中松創研」代表取締役、日本文化振興会会長、国際発明協会及び世界天才会議の主宰者。通称はドクター中松。1928年6月26日生まれ。東京都出身。東京大学工学部を卒業。三井物産に就職。独立し1957年、現在のドクター中松創研を設立。1982年のNew York世界発明コンテストに出展し、その発明品は37年間最高位のグランプリ賞を与えられ、最近は米国国会から日本人として初めて国会表彰を受けた

株式会社ウォーターダイレクト

ウォーターダイレクトの歴代社長


伊久間努(2009年~2015年6月)
樋口宣人(2015年6月~ )


■株式会社ウォーターダイレクトは、東京都品川区に本社を置く飲料水などの製造を行う企業である

■設立:2006年10月13日

■2006年10月 粟井英朗(現:富士山の銘水株式会社 代表取締役社長)、リヴァンプ玉塚元一、レオスキャピタル藤野英人、その他ベンチャーキャピタルのNTVPが中心となって設立された


略歴・経歴(プロフィール)
■伊久間努(いくま・つとむ)
日本の経営者。株式会社ウォーターダイレクト社長を歴任。1992年 早稲田大学卒業。伊藤忠商事株式会社入社。2003年 デル株式会社入社。2005年 株式会社リヴァンプ入社(新規事業部門として当社の創業に携わる)。2009年 ウォーターダイレクト 代表取締役社長就任


略歴・経歴(プロフィール)
■樋口宣人(ひぐち・のりと)
日本の経営者。株式会社ウォーターダイレクト 社長。福岡県出身。1990年 東大工卒業。三菱総合研究所入社。2000年 ケンコーコム入社、取締役。2015年 ウォーターダイレクト入社、副社長。2015年6月24日 社長に就任

シスコシステムズ日本法人

シスコシステムズ日本法人の歴代社長


平井康文(2010年~2014年11月)
アーヴィン・タン(2014年12月~2015年5月)
鈴木みゆき(2015年5月~ )


■シスコシステムズは、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼに本社を置く、世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社である

■日本法人は、1992年にアメリカ本社の100%子会社の「日本シスコシステムズ株式会社」として設立された

■2000年 「シスコシステムズ株式会社」に改称

■2007年 本社の組織再編に伴い「シスコシステムズ合同会社」に改称

■2012年 日本経営品質賞(JQA)大規模部門を受賞している

■本社:東京都港区赤坂にある東京ミッドタウン


略歴・経歴(プロフィール)
■平井康文(ひらい・やすふみ)
日本の経営者。シスコシステムズ日本法人社長を務めた。1960年11月徳島県徳島市で生まれる。1983年に九州大学理学部数学科を卒業後、日本IBMに入社。39歳という異例の若さでソフトウエア事業部長に就任した。2003年にマイクロソフトに入社し、常務執行役、執行役専務を務めた後、2008年にシスコシステムズに移り、2010年から同社社長を務めた。2015年 楽天副社長。趣味はチェロ演奏、スキューバダイビング、ゴルフ、居酒屋探訪など


略歴・経歴(プロフィール)
■鈴木みゆき(すずき・みゆき)
日本の経営者。シスコシステムズ日本法人社長、ジェットスター・ジャパン株式会社 代表取締役社長などを歴任。1960年生まれ。東京都出身。オックスフォード大学 卒業。ロイターに入社。1997年にロイター東南アジア代表取締役に就任。日本テレコム株式会社 専務執行役員兼コンシューマー事業本部長。レクシスネクシス・アジアパシフィック代表取締役社長兼CEO。KVH株式会社 代表取締役社長兼CEO、および代表取締役副会長。2011年 ジェットスター・ジャパン株式会社 代表取締役社長。2015年5月18日 シスコシステムズ日本法人 社長

札幌テレビ放送株式会社

札幌テレビ放送の歴代社長


島田洋一(2009年~   )
小林 裕孝(  ~2015年6月)
島田洋一(2015年7月~ )


■札幌テレビ放送株式会社は、北海道全域を放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者。略称はSTV

■本社所在地:北海道札幌市中央区北1条西8丁目1-1

■設立:1958年4月8日

■主要株主
・日本テレビ放送網株式会社
・北海道電力株式会社
・公益財団法人日本テレビ小鳩文化事業団
・株式会社読売新聞東京本社
・株式会社北洋銀行
・株式会社北海道銀行
・第一生命保険株式会社


略歴・経歴(プロフィール)
■島田洋一(しまだ・よういち)
日本の経営者。札幌テレビ放送株式会社 社長、会長を歴任。東京都出身。1967年 上智大法卒業。日本テレビ放送網入社。2004年に取締役。2009年に札幌テレビ放送社長。2014年に会長。2015年7月 社長


■小林裕孝(・)
日本の経営者。札幌テレビ放送株式会社社長を歴任。1977年 日本テレビ放送網に入社。人事局長を経て、2009年に取締役執行役員に就任。その後、社長に就任。2015年7月 非常勤取締役

東京電力株式会社

東京電力の歴代社長


初代:安蔵弥輔(1951年5月~1952年)
2代:高井亮太郎(1952年~1958年12月)
3代:青木均一(1958年12月~1961年7月)
4代:木川田一隆(1961年7月~1971年)
5代:水野久男(1971年~1976年10月)
6代:平岩外四(1976年10月~1984年6月)
7代:那須翔(1984年6月~1993年6月)
8代:荒木浩(1993年6月~1999年6月)
9代:南直哉(1999年6月~2002年10月)
10代:勝俣恒久(2002年10月~2008年6月)
11代:清水正孝(2008年6月~ 2011年6月)
12代:西沢俊夫(2011年6月~2012年6月)
13代:廣瀬直己(2012年6月~ )


■東京電力株式会社の設立年月日:1951年5月1日


略歴・経歴(プロフィール)
■木川田一隆(きかわだ・かずたか)
【1899年~1977年】東京電力4代目社長。経済同友会元代表幹事。福島県生まれ。東京帝大経済学部卒。東京電燈(現・東京電力)に入社。昭和20年代の電力再編成時には松永安左ェ門の懐刀として活躍した。昭和29年東京電力副社長。昭和36年社長。昭和46年会長。この間、昭和38年経済同友会代表幹事に就任して、財界の理論派リーダーとしても活躍した。77歳で没。著書に「私の履歴書」(日本経済新聞社連載、昭和45年1月)


略歴・経歴(プロフィール)
■平岩外四(ひらいわ・がいし)
【1914年~2007年】東京電力6代目社長。経団連元会長。愛知県常滑市生まれ。東京帝国大学法学部法律学科(現・東京大学)卒業後、東京電灯(現・東京電力)入社。1941年召集され、中国および南方戦線へ。終戦後復員、復職。1976年、東京電力社長就任、以後、会長、相談役を歴任。1990年、経団連会長となり財界リーダーとして活躍。無類な読者家として知られ、蔵書3万冊に及んだ。92歳で没

レッグ・メイソン・アセット・マネジメント

レッグ・メイソン・アセット・マネジメントの歴代社長


田島廣久
桑畑卓(2015年6月~ )


■レッグ・メイソン・アセット・マネジメント株式会社は米資産運用大手の日本法人にあたる

■2015年6月12日に専務執行役員の桑畑卓が社長に昇格し、前身のシティグループ・アセット・マネジメントから約13年務めた田島広久社長は顧問に相当するエグゼクティブ・アドバイザーに就く


沿革
■1998年 ソロモン投信委託株式会社設立

■1999年 スミス バーニー投資顧問株式会社と合併「エスエスビーシティ・アセット・マネジメント株式会社」に社名変更

■2001年 「シティグループ・アセット・マネジメント株式会社」に社名変更

■2005年 レッグ・メイソン・インクの傘下に移行

■2006年 「レッグ・メイソン・アセット・マネジメント株式会社」に社名変更


略歴・経歴(プロフィール)
■桑畑卓(くわはた・すぐる)
日本の経営者。レッグ・メイソン・アセット・マネジメント株式会社 社長。神奈川県出身。1993年 慶大経卒業。三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。2011年 レッグ・メイソン・アセット・マネジメント執行役員。2014年 専務執行役員。2015年6月12日 社長に就任

伊藤忠商事株式会社

伊藤忠商事の歴代社長


2代目伊藤忠兵衛(実質的創業者)※初代伊藤忠兵衛の次男

小菅宇一郎(1949年12月~1960年)
越後正一(1960年~1974年)※中興の祖
戸崎誠喜(1974年~1983年6月)
米倉功(1983年6月~1990年6月)
室伏稔(1990年6月~1998年4月)
丹羽宇一郎(1998年4月~2004年6月)
小林栄三(2004年6月~2010年3月)
岡藤正広(2010年4月~ )


略歴・経歴(プロフィール)
■2代目伊藤忠兵衛(いとう・ちゅうべい)
【1886年~1973年】伊藤忠商事及び丸紅創業者。滋賀県生まれ。幼名・精一。県立八幡商業卒。明治36年2代目忠兵衛を襲名して家業の綿糸卸商・伊藤本店を継承。大正7年株式会社伊藤忠合名に改組。同年伊藤忠商事設立。このあと富山紡績、呉羽(くれは)紡績らを設立したのち、昭和19年合併統合して大建産業設立。戦後公職追放で引退。86歳で没。著書に「伊藤忠兵衛翁回想録」他


略歴・経歴(プロフィール)
■越後正一(えちご・まさかず)
【1901年~1991年】伊藤忠商事元社長。滋賀県彦根市生まれ。神戸高等商業(現・神戸大学)卒。昭和5年、伊藤忠商事に入社し繊維部門で活躍。昭和35年、59歳で伊藤忠商事第5代社長に就任。脱繊維戦略を推進して伊藤忠商事を総合商社へと育て上げた。昭和49年、会長。昭和57年、勲一等瑞宝章。89歳で没。著書に「私の履歴書」(日本経済新聞連載、昭和50年9月)


略歴・経歴(プロフィール)
■丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)
伊藤忠商事元社長。1939年愛知県で生まれる。名古屋大学法学部卒、伊藤忠商事入社。一貫して食料畑を歩む。1998年に社長に就任。1999年に約4000億円の不良資産を一括処理しながら翌2000年度決算で同社史上の最高益(当時)を計上し世間を瞠目させた。社長任期6年の公約通り、2004年から会長、2010年相談役。中華人民共和国駐箚特命全権大使


略歴・経歴(プロフィール)
■小林栄三(こばやし・えいぞう)
日本の経営者。伊藤忠商事の社長、会長を歴任。1949年1月7日福井県小浜市に生まれる。大阪大学基礎工学部卒

コニカミノルタ株式会社

コニカミノルタの歴代社長


杉浦六三郎(コニカ創業者)
田嶋一雄(ミノルタ創業者)

岩居文雄
太田義勝
松崎正(2009年4月~2014年3月)
山名昌衛(2014年4月~ )


■1873年(明治6年)、杉浦六三郎が薬種問屋「小西屋六兵衛店」で、写真および石版材料の取り扱いを開始したのがコニカの始まりである

■「コニカ」の名は「小西」の「コニ」と「カメラ」の「カ」を組み合わせた造語

■1928年(昭和3年) 田嶋一雄、「日独写真機商店」(後のミノルタ株式会社)を創業

■2003年 コニカとミノルタが統合、「コニカミノルタホールディングス株式会社」誕生

■2013年 経営体制を再編し、社名を「コニカミノルタ株式会社」に変更


略歴・経歴(プロフィール)
■田嶋一雄(たしま・かずお)
【1899年~1985年】日本の実業家。ミノルタ(現・コニカミノルタ株式会社)の創業者。和歌山県海南市出身。慶應義塾大学経済学部を卒業。日本電報通信社(現:電通)に入社。広告部門に配属される。関東大震災を機に同社を退社し、家業の貿易会社田嶋商店に移る。父の推薦で日本商品旅商団に参加し、海外を視察するなかで光学に興味を示し、帰国後カメラ製造の道へと進む。1928年に「日独写真機商店」(後のミノルタ株式会社)を創業


略歴・経歴(プロフィール)
■山名昌衛(やまな・しょうえい)
日本の経営者。コニカミノルタ株式会社 社長。早大商卒業。1977年ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)に入り、2013年4月からコニカミノルタ専務。2004年4月 社長に就任

日本コンベヤ株式会社

日本コンベヤの歴代社長


西尾佳純(2004年6月~2015年6月)
吉川勝博(2015年6月~ )


■事業内容
・各種コンベヤ及びその付帯設備の設計、製作、販売、並びに関連工事の施工

■1949年の創業以来半世紀以上にわたり、大型コンベヤのトップメーカーとして、大容量、長距離、垂直、 カーブなど各種コンベヤを開発、それらのプラントを納入している

■市場情報:東証1部


略歴・経歴(プロフィール)
■西尾佳純(・)
日本の経営者。日本コンベヤ株式会社 社長を歴任。昭和27年10月7日生まれ。1982年 日本コンベヤ入社。社長室長兼経営管理室長、管理本部長兼社長室長、取締役を経て2004年6月 社長に就任。2006年 エヌエイチパーキングシステムズ株式会社 取締役社長


略歴・経歴(プロフィール)
■吉川勝博(きっかわ・かつひろ)
日本の経営者。日本コンベヤ株式会社 社長。昭和27年10月15日生まれ。新潟県出身。1976年 同志社大工卒業。日本コンベヤ入社。2004年に取締役。2015年6月29日 社長に就任

株式会社アドテック

アドテックの歴代社長


初代:河合優(1983年2月~2005年6月)※創業者
2代:蔵内政一(2005年6月~2006年12月)
3代:林芳弘(2006年12月~2009年6月)
4代:小田吉康(2009年6月~2009年12月)
5代:三村益一郎(2009年12月~2011年3月)
6代:厚坂誠(2011年4月~2012年12月) 
7代:小野鉄平(2012年12月~2015年6月)
8代:下津弘享(2015年6月~ )


■株式会社アドテックは、東京都港区に本社を持つパソコン周辺機器メーカーである

■設立:1968年(昭和43年)12月12日

■市場情報:東証JQ(1998年11月17日上場)


略歴・経歴(プロフィール)
■下津弘享(しもつ・ひろゆき)
日本の実業家。株式会社ギガプライズの創業者。株式会社アドテック7代目社長。東京都世田谷区出身。大学中退。1992年 桜庵入社。代議士の秘書となり永田町で働く。1997年 ギガプライズを創業。2006年 同社をセントレックスに上場。TCBホールディングス株式会社 取締役(2010年7月〜2010年10月)。株式会社高田屋 代表取締役社長(2010年2月〜2010年12月)。2012年 アドテック取締役。2015年6月25日 社長に就任

日本フエルト株式会社

日本フエルトの歴代社長


大山芳男
芝原誠一(2015年6月~ )


■日本フエルト株式会社(にっぽんフエルト)は、東京都北区 に本社を置く工業用繊維製品の製造、販売などを行う企業である

■製紙用フエルト大手、イチカワ(株)とシェアを二分する

■ 設立:1917年6月30日

■本社所在地:東京都北区赤羽西1-7-1

■事業内容
・紙、パルプ、スレート用、その他工業用フエルトの製造、加工および販売
・各種繊維製品の製造、加工および販売
・工業用洗剤その他化学工業薬品の製造および販売
・産業用ならびに公害防止用の機器、装置の製造および販売
・不動産の運用および管理

■連結子会社
東山フエルト株式会社。台湾フエルト株式会社。ニップ縫整株式会社。日惠得造紙器材(上海)貿易有限公司


略歴・経歴(プロフィール)
■芝原誠一(しばはら・せいいち)
日本の経営者。日本フエルト株式会社 社長。神奈川県出身。1976年 早大商卒業。日本フエルト入社。2011年に取締役。2013年に常務。2015年6月26日 社長に就任

日本コンクリート工業

日本コンクリート工業の歴代社長


松原範幸
網谷勝彦(2006年6月~2015年6月)
土田伸治(2015年6月~ )


■日本コンクリート工業株式会社(にっぽんコンクリートこうぎょう)は、東京都港区に本社を置く、コンクリート製品の製造・販売などを行う会社である

■筆頭株主:新日鐵住金

■1948年 旧国鉄向けトラフ製造販売を目的に、鉄道電気工業株式会社(現・日本電設工業株式会社)から分離独立し、会社設立された


略歴・経歴(プロフィール)
■網谷勝彦(あみや・かつひこ)
日本の経営者。日本コンクリート工業株式会社 社長を歴任。昭和18年8月23日生まれ。東京都出身。学習院大学経済学部経済学科卒業。日本コンクリート工業入社。社長室長、経理部長、安全環境部長、専務取締役を経て2006年6月社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■土田伸治(つちだ・しんじ)
日本の経営者。日本コンクリート工業株式会社 社長。大阪府出身。1980年 東京理科大理工卒業。日本コンクリート工業入社。2010年に取締役。2014年に専務執行役員。2015年6月26日 社長に就任

株式会社紀陽銀行

紀陽銀行の歴代頭取


山本昭
片山博臣
松岡靖之(2015年6月~ )


■株式会社紀陽銀行(きようぎんこう)は、和歌山県和歌山市本町に本店を置く地方銀行である

■2006年10月10日、和歌山県に本店を置いていた同じく紀陽ホールディングスの完全子会社で第二地方銀行だった和歌山銀行を吸収合併した

■本社所在地:和歌山県和歌山市本町一丁目35番地

沿革
■明治28年5月2日
株式会社紀陽貯蓄銀行設立(資本金5万円)

■明治45年7月
本店を現在地(和歌山市本町1丁目35番地)に移転

■平成27年5月
創立120周年を迎える

■関連会社
紀陽ビジネスサービス(株)、阪和信用保証(株)、紀陽リース・キャピタル(株)、(株)紀陽カード、(株)紀陽カードディーシー、紀陽情報システム(株)


略歴・経歴(プロフィール)
■松岡靖之(まつおか・やすゆき)
日本の銀行家、経営者。株式会社紀陽銀行 頭取。和歌山県出身。1978年 関西大商卒業。紀陽銀行入行。2005年に取締役。2013年に専務。2015年6月26日 頭取に就任

株式会社南都銀行

南都銀行の歴代頭取


西口廣宗(1997年6月~2008年)
植野康夫(2008年6月~2015年6月)
橋本隆史(2015年6月~ )


■株式会社南都銀行
創立:昭和9年6月1日
本店所在地:奈良市橋本町16番地

沿革
■昭和9年6月1日
株式会社六十八銀行、株式会社吉野銀行、株式会社八木銀行及び株式会社御所銀行が合併して株式会社南都銀行設立

■昭和18年8月2日
貯蓄銀行業務開始

■昭和19年2月10日
株式会社大和貯蓄銀行を合併

■昭和44年11月8日
南都地所株式会社(現・連結子会社)を設立


略歴・経歴(プロフィール)
■植野康夫(うえの・やすお)
日本の銀行家、経営者。株式会社南都銀行の頭取を歴任。昭和20年1月27日生まれ。奈良県出身。大阪府立大学経済学部卒業。南都銀行入行。資金証券部長、取締役(人事部長委嘱)、常務取締役(資産査定統括室長事務取扱委嘱)、専務取締役を経て2008年6月 頭取に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■橋本隆史(はしもと・たかし)
日本の銀行家、経営者。株式会社南都銀行 頭取。昭和29年5月20日生まれ。奈良県出身。1977年 関西学院大経卒業。南都銀行入行。2007年に取締役。2014年に専務。2015年6月26日 頭取に就任

株式会社WOWOW

WOWOWの歴代社長


和崎信哉(2007年6月~2015年)
田中晃(2015年~ )


■株式会社WOWOW(ワウワウ)は、日本を放送対象地域とする衛星基幹放送事業者である

■当初は日本初の有料放送を行う民放衛星放送局として開局した

■コーポレートメッセージは「見るほどに、新しい出会い。WOWOW」


略歴・経歴(プロフィール)
■和崎信哉(わざき・のぶや)
日本の経営者。株式会社WOWOW社長を歴任。社会人類学者で京都大学名誉教授の和崎洋一は実父。文化人類学者で中部大学教授の和崎春日は実弟。1944年11月22日生まれ。京都府京都市出身。京都大学教育学部進学。卒業後の1968年にNHK入局。生活情報番組部長、衛星放送局(ハイビジョン)部長、総合企画室(デジタル放送推進)局長、理事を歴任。2005年に社団法人地上デジタル放送推進協会専務理事。2007年6月WOWOW社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■田中晃(たなか・あきら)
日本の経営者。株式会社WOWOW社長。長野県出身。1979年 早大第一文卒業。日本テレビ放送網入社。2005年 スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現スカパーJSAT)執行役員常務。2013年 スカパーJSATホールディングス取締役。2015年 WOWOW 社長に就任

若築建設株式会社

若築建設の歴代社長


彦坂義助
福島章雄(2007年6月~2011年6月)
菅野幸裕(2011年6月~2015年6月)
五百蔵良平(2015年6月~  )


■若築建設株式会社(わかちくけんせつ)は、東京都目黒区に本社を置く建設業者である

■海洋土木を得意とする中堅マリコン

■関西国際空港や東京湾横断道路、中部国際空港などの国内大型工事に携わり、コロンボ港など海外でも実績がある。また陸上土木や建築へも進出している


略歴・経歴(プロフィール)
■福島章雄(ふくしま・あきお)
日本の経営者。若築建設株式会社社長を歴任。昭和23年10月28日生まれ。栃木県出身。静岡大学人文学部卒業。若築建設に入社。管理本部経理部長、2007年6月社長に就任


菅野幸裕(すがの・ゆきひろ)
■日本の経営者。若築建設株式会社社長を歴任。熊本県出身。1973年 熊本大工卒業。若築建設入社。2006年 取締役。常務執行役員、2010年 副社長。2011年6月29日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■五百蔵良平(いおろい・りょうへい)
日本の経営者。若築建設株式会社 社長。兵庫県出身。1979年 京大工卒業。若築建設入社。2013年に取締役。2015年6月26日 社長に就任
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