旭硝子株式会社

旭硝子の歴代社長


岩崎俊弥(創業者。三菱財閥2代目当主・岩崎弥之助の次男)
石津進也(1998年~2004年)
門松正宏(2004年~2008年)
石村和彦(2008年~2014年)
島村琢哉(2015年1月1日社長兼最高経営責任者(CEO)に就任)


■旭硝子(あさひがらす)は、世界最大手ガラスメーカーである

■三菱グループの一員。現在の製品は建築用ガラス、フッ素化学製品

■1907年に岩崎俊弥(三菱財閥の2代目総帥・岩崎弥之助の次男)によって創業(現兵庫県尼崎市)された


略歴・経歴(プロフィール)
岩崎俊弥(いわさき・としや)
【1881年~1930年】日本の実業家。旭硝子の創業者。三菱財閥2代目当主・岩崎弥之助の次男として東京府(現・東京都)に生まれた。三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎は伯父にあたる。ロンドン大学に留学して応用化学を専攻。1907(明治40)年に旭硝子を設立し、日本で初めて板ガラスの製造に成功した


略歴・経歴(プロフィール)
石村和彦(いしむら・かずひこ)
日本の経営者。旭硝子社長。兵庫県出身。東京大学産業機械工学科修士課程修了。旭硝子に入社。エンジニアリング部設備技術研究所硝子グループリーダー、旭硝子ファインテクノ社長、旭硝子関西工場長、執行役員、エレクトロニクス&エネルギー事業本部長、上席執行役員などを経て、社長兼COO(最高執行責任者)に就任
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株式会社日立製作所

日立製作所の歴代社長


初代:小平浪平(1929年~1947年)
2代:倉田主税1947年~1961年)
3代:駒井健一郎(1961年~1971年)
4代:吉山博吉(1971年~1981年)
5代:三田勝茂(1981年~1991年)
6代:金井務(1991年~1999年)
7代:庄山悦彦(1999年~2006年)
8代:古川一夫(2006年~2009年)
9代:川村隆(2009年~2010年)
10代:中西宏明(2010年~2014年)
11代:東原敏昭(2014年~)


■株式会社日立製作所は、日本最大の総合電機メーカー

■大手電機8社(日立製作所、パナソニック、東芝、三菱電機、ソニー、シャープ、NEC、富士通)の一角

■また、大手重電3社(日立製作所、東芝、三菱電機)の一角

■設立:1920年(大正9年)2月1日

■1920年~1928年は社長空席


略歴・経歴(プロフィール)
小平浪平(おだいら・なみへい)
1874年~1951年(明治7年~昭和26年)日立製作所創業者。栃木県下都賀郡中村生まれ。東京帝大工科大学電気科卒。藤田組小坂鉱山、広島水力電気、東京電燈を経て、明治39年1月、久原鉱業所日立鉱山工作課長。明治43年、国産第一号の電動機試作に成功。大正9年、株式会社日立製作所設立で専務に就任し、昭和4年同社社長。77歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
倉田主税(くらたちから)
1889年~1969年(明治22年~昭和44年)日立製作所元社長。福岡県生まれ。仙台高等工業学校卒。昭和22年、日立製作所社長に就任。日立の経営再建に尽力し、日立の中興の祖となる。昭和36年から42年まで会長。この間、日本科学技術振興財団会長等の要職を歴任。また東京モノレール他を設立。80歳で没


略歴・経歴(プロフィール)
川村隆(かわむら・たかし)
日本の経営者。株式会社日立製作所の9代目社長。経団連副会長を務めた。1939年北海道で生まれる。東京大学工学部電気工学科卒業。日立製作所に入社。電力など重電畑を歩む。日立工場長。1999年に代表取締役副社長。子会社の日立ソフトウェアエンジニアリング会長、同子会社日立マクセル会長などを歴任。2007年に日立本体の取締役を退任。2009年に日立本社の会長兼社長に就任。グループ会社に退いた実力者が本体トップに呼び戻される異例の人事だった

北陸電力株式会社

北陸電力の歴代社長


永原功(2005年~2010年)
久和進(2010年~2015年)
金井豊(2015年~ )


■北陸電力株式会社は、主に北陸地方を営業地域とする電力会社である

■営業地域内では北電(ほくでん)の略称を用いているが、地域外では北海道電力との区別のため陸電(りくでん)を用いている

■設立:1951年5月1日


略歴・経歴(プロフィール)
永原功(ながはら・いさお)
日本の経営者。北陸電力株式会社の社長を務めた。1948年6月1日生まれ。富山県砺波市出身。京都大学卒。北陸電力株式会社入社。2005年に社長就任。2010年に会長。日本原子力発電取締役、富山県公安委員会委員長、株式会社カターレ富山代表取締役会長などを歴任


略歴・経歴(プロフィール)
久和進(きゅうわ・すすむ)
日本の経営者。北陸電力株式会社の社長を務めた。1949年6月22日生まれ。京都大学工学部電気工学第二学科卒業。北陸電力株式会社入社。副社長を経て2010年に社長就任


略歴・経歴(プロフィール)
金井豊(かない・ゆたか)
日本の経営者。北陸電力株式会社の社長。富山県出身。1977年に東京大学工卒業。北陸電力に入社。2010年に常務。2013年に副社長。2015年6月25日 社長に就任

豊田合成株式会社

豊田合成の歴代社長


根本正夫
堀篭登喜雄(1995年~2001年)
松浦剛(2001年~2008年)
若山甫(2008年~2011年)
荒島正(2011年~2015年)
宮崎直樹(2015年~ )



■豊田合成株式会社(とよだごうせい)は、愛知県清須市春日長畑に本社を置く日本の輸送機器・電気機器メーカーである

■トヨタグループの主要企業では唯一社名の読みを「とよだ」としている

■1949年6月15日にトヨタ自動車工業のゴム研究部門が独立し、国華工業名古屋工場を経て名古屋ゴム株式会社として創業した。その後1973年に豊田合成株式会社に改称した


略歴・経歴(プロフィール)
荒島正(あらしま・ただし)
日本の経営者。豊田合成株式会社の社長を務めた。愛知県出身。1973年に慶応大学法卒業。トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。2007年に専務。2010年に豊田合成副社長。2011年6月23日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
宮崎直樹(みやざき・なおき)
日本の経営者。豊田合成株式会社の社長。大阪府出身。1980年に京都大学法卒業。トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。2008年に常務役員。2013年に専務役員。2014年に豊田合成副社長。2015年6月27日 社長に就任

株式会社リビタ

株式会社リビタの歴代社長


内山博文(2005年~2009年。2009年から常務取締役)
南佳孝(2015年4月現在、社長を務める)


■株式会社リビタは、リノベーションリフォーム事業促販を行う不動産会社である

■主な実績として、リノア都賀、桜アパートメント、リノア湘南辻堂、シェアプレイス蒲田、エル・ステージ調布などがある

■2005年 株式会社リビタ設立

■2011年 東京電力が株式の96%を京王電鉄に売却する契約締結

■2012年 契約に従った株式譲渡により、京王電鉄が子会社化

■株主:京王電鉄株式会社。東京電力株式会社

■役員
代表取締役:南佳孝
常務取締役:内山博文
取締役:竹内健
取締役:駒田一郎
取締役:森尻謙一
取締役:坂本隆
取締役:宮坂周治
監査役:右島真治
監査役:黒岩法夫
監査役:伊沢衞


略歴・経歴(プロフィール)
南佳孝(みなみ・よしたか)
日本の経営者。株式会社リビタの社長。1963年、東京都品川区生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、1986年、京王電鉄株式会社に入社。開発・不動産事業のほかに、スーパーやベーカリー事業にも携わるなど、鉄道会社では自称・異色の経歴。2011年12月より、リビタの仲間入り、社長に就任する

中部国際空港株式会社

中部国際空港の歴代社長


初代:平野幸久(1998年~2007年。トヨタ自動車出身)
2代:稲葉良睍(2007年~2009年。トヨタ自動車出身)
3代:川上博(2009年~2015年。トヨタ自動車出身)
4代:友添雅直(2015年~ トヨタ自動車出身)


■初代から4代まで連続トヨタ出身者が社長を務める

■中部国際空港(ちゅうぶこくさいくうこう)は、愛知県常滑市沖の伊勢湾海上の人工島にある国際空港である

■民営色が強く、国や地方自治体のほか、三菱東京UFJ銀行、トヨタ、中部電力など地元に関係が深い有力企業が株主となっている

■設立:1998年(平成10年)5月1日

■主な事業内容
・中部国際空港及び航空保安施設の設置及び管理
・旅客及び貨物の取扱い施設等の機能施設、店舗等の利便施設の建設及び管理
・上記に付帯する事業


略歴・経歴(プロフィール)
川上博(かわかみ・ひろし)
日本の経営者。中部国際空港株式会社の3代目社長。大阪府茨木市出身。1972年に京都大学法学部卒業。トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。2004年からカスタマーサービスを担当。2007年に専務。2008年から豊田通商副社長。2009年に中部国際空港の社長に就任。趣味はジャズと温泉巡り


略歴・経歴(プロフィール)
友添雅直(ともぞえ・まさなお)
日本の経営者。中部国際空港株式会社の4代目社長。福岡県出身。1977年に早大法卒業。トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社。2011年に専務役員。2012年 トヨタモーターセールス&マーケティング(東京・文京)社長。2015年6月中部国際空港 社長に就任

北陸電気工事株式会社

北陸電気工事の歴代社長


松岡幸雄( ~2015年)
三鍋光昭(2015年~)


■北陸電気工事株式会社(ほくりくでんきこうじ)は、富山県富山市に本社を置く北陸電力グループの電気設備工事、電力関連工事、電気通信工事などを行う総合設備企業である

■業務は北陸電力エリアの富山県、石川県、福井県を中心に行っている

■特色:北陸電力系列の電気工事会社。北陸電力向け売上高約4割。地盤の北陸3県から徐々に全国展開

■設立年月日:1944年10月1日

■市場情報:東証1部

■上場年月日:1986年11月27日

■2015年3月23日 北陸電力の子会社となる

■従業員数:連結986人。単体976人(2014年3月現在)


略歴・経歴(プロフィール)
三鍋光昭(みなべ・みつあき)
日本の経営者。北陸電気工事株式会社の社長。昭和28年9月1日生まれ。富山県出身。金沢大法文卒。北陸電力入社。2012年に副社長。北陸電気工事取締役。2015年6月26日 社長に就任

大豊工業株式会社

大豊工業の歴代社長


上田建仁(2009年~2015年)
杉原功一(2015年~)


■大豊工業株式会社(たいほうこうぎょう)は、すべり軸受を主要製品とする自動車部品会社である

■本社所在地は愛知県豊田市

■市場情報:東証一部・名証一部

■設立:1939年12月1日

■連結売上高の7割をトヨタ系企業が占める

■筆頭株主はトヨタ自動車、豊田自動織機


略歴・経歴(プロフィール)
上田建仁(うえだ・たてひと)
日本の経営者。大豊工業株式会社の社長を務めた。昭和25年1月1日生まれ。北海道大学出身。1974年 トヨタ自動車工業㈱(現トヨタ自動車㈱)入社。第4開発センターパワートレーン制御開発部部長。常務役員。2009年 社長に就任



略歴・経歴(プロフィール)
杉原功一(すぎはら・こういち)
日本の経営者。大豊工業株式会社の社長。愛知県名古屋市出身。1980年(昭和55年)東大工卒。トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社。2009年に常務役員。2014年 6月に大豊工業副社長。2015年6月10日 社長に就任

関東電化工業株式会社

関東電化工業の歴代社長


滝井宏一
冨田芳男(2003年~2011年)
山下史朗(2011年~2015年)
長谷川淳一(2015年~)


■関東電化工業株式会社は、曹達化学やフッ素化学、有機溶剤の製造などを行う古河グループの化学会社である

■市場情報:東証1部


略歴・経歴(プロフィール)
■冨田芳男(とみた・よしお)
日本の経営者。関東電化工業株式会社の社長を務めた。神奈川県出身。明大卒。1965年に関東電化工業。取締役を経て常務に。2003年に社長就任


略歴・経歴(プロフィール)
■山下史朗(やました・しろう)
日本の経営者。関東電化工業株式会社の社長を務めた。昭和22年8月岡山県で生まれる。岡山大学大学院修了。関東電化工業に入社。水島研究所長、取締役執行役員経営企画部長。2011年4月19日 社長に就任


略歴・経歴(プロフィール)
■長谷川淳一(はせがわ・じゅんいち)
日本の経営者。関東電化工業株式会社の社長。神奈川県出身。1982年(昭和57年)早稲田大学理工卒業。関東電化工業に入社。2007年に執行役員。2009年に取締役。2015年6月26日 社長に就任

富士機工株式会社

富士機工の歴代社長


武田清(2004年~2007年)
西塚勝幸(2007年~2011年)
久田修義(2011年~2015年)
村瀬昇也(2015年~)



■富士機工株式会社(ふじきこう)は、ステアリングやシートなどの自動車部品の製造・販売メーカーである

■設立:昭和19年(1944年)11月

■1966年 東京証券取引所第2部に上場

■1996年 東京証券取引所第1部に指定替え

■本社:静岡県湖西市鷲津

■国内拠点:本社、鷲津、新居、本庄、国内子会社5

■海外拠点:北米3、中南米3、欧州4、中国5、東南アジア4


略歴・経歴(プロフィール)
■久田修義(ひさだ・のぶよし)
日本の経営者。富士機工株式会社の社長を務めた。愛知県出身。1977年に岐阜大院修了。トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。2004年に常務役員。2006年にジェイテクト専務。2011年に社長就任


略歴・経歴(プロフィール)
■村瀬昇也(むらせ・のりや)
日本の経営者。富士機工株式会社の社長。愛知県出身。1976年に立教大学経卒。光洋精工(現・ジェイテクト)入社。2013年に専務。2015年に富士機工顧問。2015年6月19日 社長に就任

日本軽金属ホールディングス

日本軽金属HD株式会社の歴代社長


初代:石山喬(2012年~2015年)
2代:岡本一郎(2015年~)


■日本軽金属ホールディングス株式会社は、アルミニウムの一貫生産メーカー日本軽金属などを傘下に持つ持株会社である

■2012年10月1日 日本軽金属株式会社が単独株式移転を行い持株会社日本軽金属ホールディングス株式会社設立

■同日付で東京証券取引所市場第一部および大阪証券取引所市場第一部に新規上場


■略歴・経歴(プロフィール)
石山喬(いしやま・たかし)
日本の経営者。日本軽金属ホールディングス株式会社の社長を務めた。昭和19年3月9日生まれ。静岡県出身。北海道大学工学部卒業。日本軽金属株式会社入社。新潟工場長、常務執行役員、代表取締役社長。2012年に日本軽金属ホールディングスの社長に就任


■略歴・経歴(プロフィール)
岡本一郎(おかもと・いちろう)
日本の経営者。日本軽金属ホールディングス株式会社の社長。岡山県出身。京都大院修了。日本軽金属入社。2006年に執行役員。2009年に取締役。2012年に日本軽金属ホールディングス取締役。2015年6月24日 社長に就任

株式会社小糸製作所

小糸製作所の歴代社長


創業者:小糸源六郎(1936年に設立)
大嶽孝夫(5代目社長。小糸源六郎の甥)
大嶽隆司(2003年~2007年)
大嶽昌宏(2007年~2015年)
三原弘志(2015年~)



■株式会社小糸製作所(こいとせいさくしょ)は、東京都港区に本拠を置く自動車用照明部品、航空機部品メーカーである

■世界で唯一、光源からランプシステム制御までを開発、生産している

■大嶽隆司は創業に携わった大嶽孝夫5代目社長の長男、大嶽昌宏は次男

■2015年6月26日に三原弘志が社長に就任。大嶽昌宏社長は代表権のある会長兼CEOに


■略歴・経歴(プロフィール)
小糸源六郎(こいと・げんろくろう)
【1883年~1974年】日本の実業家。株式会社小糸製作所の創業者。静岡県出身。鉄道信号用フレネルレンズを開発し、昭和11年小糸製作所を設立する。戦後は自動車のシールドビーム電球の国産化に成功し、海外にも輸出した。享年91


■略歴・経歴(プロフィール)
大嶽昌宏(おおたけ・まさひろ)
日本の経営者。株式会社小糸製作所の社長を務めた。1947年静岡県で生まれる。1969年に慶應義塾大学法学部卒業。同年三菱自動車入社。1977年に小糸製作所入社。1987年に取締役。2002年にノースアメリカンライティングインク(米国)CEO。2005年に小糸製作所代表取締役副社長国際本部長・経理本部長。2007年に社長に就任


■略歴・経歴(プロフィール)
三原弘志(みはら・ひろし)
日本の経営者。株式会社小糸製作所の社長。香川県出身。早稲田大学政経卒。小糸制作所に入社。2006年に常務。2011年に専務。2013年に代表取締役副社長。2015年6月26日 社長に就任

北海道新聞社

北海道新聞社の歴代社長


坂野上明(   )
村田正敏(2010年~2015年)
広瀬兼三(2015年~)


■株式会社北海道新聞社は、ブロック紙の北海道新聞を発行する新聞社である。子会社として道新スポーツなどを持つ

■1942年、新聞統制によって北海道の11紙が統合され「北海道新聞」が誕生。その発行会社として設立された

■プロ野球パ・リーグの北海道日本ハムファイターズや、サッカーJリーグのコンサドーレ札幌、バスケットボールJBLのレラカムイ北海道(現レバンガ北海道)などにも出資


村田正敏(むらた・まさとし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社北海道新聞社の社長を務めた。1948年9月1日生まれ。中標津町出身。立教大法学部卒。1971年に北海道新聞社入社。社会部、政治部記者等を経て2000年に本社編集局経済部長、2003年に東京支社長、2004年に取締役経営企画室長、2007年に常務取締役広告局長、2010年に代表取締役社長に就任


広瀬兼三(ひろせ・けんぞう)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社北海道新聞社の社長。北海道出身。1977年に立命館大経営卒。北海道新聞社入社。2011年に取締役。2014年に常務。2015年6月22日 社長に就任

ジャパンディスプレイ

ジャパンディスプレイの歴代CEO


大塚周一(2012年~2015年)
本間充(2015年~2017年)
東入来信博(2017年~ )


■株式会社ジャパンディスプレイは、ソニー株式会社・株式会社東芝・株式会社日立製作所の中小型液晶ディスプレイ事業を統合した会社である

■事業開始:2012年4月1日

■事業内容:中小型ディスプレイデバイス及び関連製品の開発、設計、製造及び販売


略歴・経歴(プロフィール)
■大塚周一(おおつか・しゅういち)
日本の経営者。ジャパンディスプレイ代表取締役社長CEOを務めた。1951年生まれ。福岡県出身。佐賀大学理工学部物理学科卒業後、抵抗器メーカーの進工業を経て、日本テキサス・インスツルメンツに入社。美浦工場製造統括部長、MCU(マイコン)商品部長、日出工場長などを経てソニーに移る。ソニーでセミコンダクターカンパニー バイスプレジデント、セミコンダクタネットワークカンパニープレジデント、システムデバイスカンパニープレジデントなどを務めた。その後、エルピーダメモリCOO(最高執行責任者)、広島エルピーダメモリ社長などを経て、ジャパンディスプレイ代表取締役社長CEOに就任した


略歴・経歴(プロフィール)
■本間充(ほんま・みつる)
日本の経営者。株式会社ジャパンディスプレイ会長 兼 最高経営責任者(CEO)。兵庫県出身。三洋電機に入社。2006年に取締役。2008年に副社長執行役員。2013年に退任。2015年 ジャパンディスプレイ会長 兼 最高経営責任者(CEO)就任

TSIホールディングス

TSIホールディングスの歴代社長


中島芳樹(2012年に退く)
三宅正彦(2012年~2015年)
斎藤匡司(2015年~)


■株式会社TSIホールディングスは、東京都千代田区に本社を置くアパレル企業である

■2011年6月1日 東京スタイルとサンエー・インターナショナルが、共同株式移転により株式会社TSIホールディングスを設立

■市場情報:東証1部(2011年6月1日上場)

■主要子会社に株式会社サンエー・インターナショナル、株式会社東京スタイル、株式会社サンエー・ビーディーなどがある


三宅正彦(みやけ・まさひこ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社TSIホールディングスの社長を務めた。1935年1月生まれ。大阪出身。1957年に丸紅入社。1962年にサンエー・インターナショナル入社。1996年に同社の代表取締役社長。2011年にTSIホールディングス代表取締役会長。2012年に同社代表取締役会長兼社長


斎藤匡司(さいとう・ただし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社TSIホールディングスの社長。大阪府出身。1992年に京大院修了。エクソン化学(現EMGマーケティング)入社。2014年にTSIホールディングス顧問。2015年5月28日 社長に就任

日本精工株式会社

日本精工の歴代社長


山口武彦(初代社長。1916年設立)
今里広記(1948年就任)
長谷川正男
荒田俊雄(1984年~1994年)
関谷哲夫(1994年~2002年)
朝香聖一(2002年~2009年)
大塚紀男(2009年~2015年)
内山俊弘(2015年~)


■日本精工株式会社は、本社を東京都品川区大崎に置く日本のベアリングメーカーである。国内ベアリング業界最大手、世界では3位

■ベアリング以外の製品ではボールねじ世界首位、リニアガイド世界3位、自動車用電動パワーステアリング世界2位等を有する

■NSKと略称される。芙蓉グループ(みずほグループ)に属する

■設立:1916年(大正5年)11月8日


山口武彦 略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。日本精工株式会社の創業者。1891年に東京工業学校(現・東京工業大学)機械科卒業と同時に、農商務省の特許局に勤めた。そこで機械の審査を担当しながら、欧米先進諸国の機械工業に対する関心を高めていたが、折よく、当時知己を得ていた高橋是清が日本初の製釘事業を興すことになり、1895年、そのための欧米視察を山口に命じた。欧米各国の工場を視察し、2年後に帰国した山口は、日本の技術水準が欧米に比べてはるかに遅れていることを実感し、1906年、日本の機械工業育成のために、輸入機械貿易業、山武商会を設立。その後1914年、機械工業に最も必要とされる軸受を生産主体とした日本精工合資会社を設立した。1916年、新たに日本精工株式会社を設立


今里広記(いまざと・ ひろき)略歴・経歴(プロフィール)
【1908年~1985年】日本の実業家、財界人。日本精工株式会社元社長。広範な交友と人脈から、財界におけるまとめ役として「財界官房長官」「財界幹事長」の異名を取った。長崎県出身。長崎県立大村中学校卒業。家業の今里酒造を継ぐ。1937年、九州採炭を創立。その後、日本特殊鋼材工業、日本金属産業の役員を歴任。経済同友会設立に参加。経営手腕が買われ、労働争議で経営危機に陥っていた日本精工の再建を懇願され社長に就任し活躍した


内山俊弘(うちやま・としひろ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。日本精工株式会社の社長。東京都出身。1981年に早稲田大学政経卒。日本精工入社。2008年に執行役。2010年に執行役常務。2013年に代表執行役専務。2015年6月24日 社長に就任

株式会社ゆうちょ銀行

ゆうちょ銀行の歴代社長


初代:高木祥吉(2007年~2009年)
2代:井沢吉幸(2009年~2015年3月)
3代:西室泰三(2015年4月~2015年5月。親会社の日本郵政社長)
4代:長門正貢(2015年5月~)


■設立年月日:2006年9月1日

■2007年10月1日に「株式会社ゆうちょ」から「株式会社ゆうちょ銀行」に商号変更


高木祥吉(たかぎ・しょうきち)略歴・経歴(プロフィール)
大蔵官僚、金融庁長官、ゆうちょ銀行社長などを歴任。1948年5月22日生まれ。徳島県徳島市南前川町出身。東京大学法学部卒業。大蔵省入省。金融庁長官、2006年1月に日本郵政株式会社代表取締役。2006年9月に株式会社ゆうちょの社長。2007年に株式会社ゆうちょ銀行の社長


井沢吉幸(いざわ・よしゆき)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。ブラックロック・ジャパン株式会社の会長。ゆうちょ銀行の社長を務めた。昭和23年2月10日生まれ。東京都出身。東京大学工学部精密工学科卒業。三井物産入社。同社副社長を経て、2009年に、ゆうちょ銀行の社長。2015年5月18日 ブラックロック・ジャパンの会長に就任


長門正貢(ながと・まさつぐ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社ゆうちょ銀行の社長。1948年11月18日生まれ。東京都出身。一橋大学社会学部卒業。日本興業銀行(現株式会社みずほ銀行)に入行。2010年に富士重工業の副社長。2012年にシティバンク銀行の会長。2015年5月11日にゆうちょ銀行の社長に就任

株式会社ジェイアイエヌ

ジェイアイエヌの歴代社長


初代:田中仁(創業者)


■株式会社ジェイアイエヌは、群馬県前橋市と東京都千代田区に本社を置くメガネチェーン店「JINS」(ジンズ、ロゴ表記はJ!NS)などを運営する企業

■ショッピングセンターを中心に279店舗(2014年8月末時点)展開している

■市場情報:東京証券取引所第一部に上場(2013年5月)

■役員一覧(2014年4月現在)
代表取締役社長:田中仁(創業者)
専務取締役:中村豊
取締役:古谷昇
取締役:松本大(マネックスグループ創業者)
監査役:水谷克彦
監査役:大井哲也
監査役:千賀貴生


田中仁(たなか・ひとし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実用家。株式会社ジェイアイエヌの創業者。群馬県出身。1963年1月25日生まれ。群馬県立伊勢崎商業高等学校卒業。前橋信用金庫(のちの しののめ信用金庫)、スタジオクリップなどで実務経験を積んだのち、25歳でジェイアイエヌの前身であるジンプロダクツを創業。ファッション小物とメガネ販売を組み合わせた業態で小売業界に参入し急成長を遂げた。2014年3月 慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程を修了

名古屋鉄道株式会社

名古屋鉄道の歴代社長


箕浦宗吉(1994年~1999年)日本銀行出身
木下榮一郎(2005年~2009年)
山本亜土(2009年~2015年)
安藤隆司(2015年~)


■名古屋鉄道株式会社は、愛知県・岐阜県を基盤とする大手私鉄である

■通称は名鉄(めいてつ)


木下榮一郎(きのした・えいいちろう)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。名古屋鉄道株式会社の社長を務めた。昭和16年8月30日生まれ。香川県出身。日本銀行入行。NTTシステム技術の顧問。ボストンコンサルティンググループの特別顧問。NTTシステム技術 取締役会長。名古屋鉄道の顧問。専務取締役。2005年に社長に就任


山本亜土(やまもと・あど)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。名古屋鉄道株式会社の社長を務めた。昭和23年12月1日生まれ。岐阜県岐阜市出身。早稲田大学第一政治経済学部卒業。名古屋鉄道に入社。秘書室長、秘書室長兼総務部長、人事部長、専務取締役、2009年に代表取締役社長


安藤隆司(あんどう・たかし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。名古屋鉄道株式会社の社長。愛知県出身。1978年に早大商卒。名古屋鉄道入社。2008年に取締役。2011年に常務。2013年に専務。2015年6月 社長に就任

株式会社島津製作所

島津製作所の歴代社長


島津源蔵(創業者。1875年に創業)
中本晃(2009年~2015年6月)
上田輝久(2015年6月~)


■株式会社島津製作所は、京都府京都市中京区に本社を置く、精密機器、計測器、医療機器、航空機器の製造をおこなう企業である

■2002年 従業員の田中耕一がノーベル化学賞受賞


■田中耕一がノーベル化学賞を受賞した当時の上司が中本晃であった


初代・島津源蔵(しまづ・げんぞう)略歴・経歴(プロフィール)
【1839年~1894年】日本の実業家、発明家。島津製作所の創業者。1875年に京都木屋町二条南で島津製作所を創業し教育用理化学器械製造を開始。1877年に日本で初めて有人軽気球の飛揚に成功する。1894年12月8日に脳溢血のため、55歳で死去


中本晃(なかもと・あきら)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。島津製作所社長を務めた。1945年生まれ。鳥取県出身。米子東高校卒業。1969年に大阪府立大学工学部卒業。島津製作所に入社。分析機器事業部長、品質保証部長、LC部長、執行役員、取締役、常務、専務などを経て2009年に社長に就任。社団法人日本計量機器工業連合会副会長も務める


上田輝久(うえだ・てるひさ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。島津製作所社長。昭和32年5月14日生まれ。山口県出身。京都大学院修了。島津製作所に入社。2011年に取締役。2014年に取締役専務執行役員。2015年 6月 社長に就任

JXホールディングス

JXホールディングスの歴代社長


初代:高萩光紀(2010年~2012年)
2代:松下功夫(2012年~2015年)
3代:内田幸雄(2015年~ )


■JXホールディングス株式会社(ジェイエックスホールディングス)は、2010年4月1日に設立されたJXグループの持株会社

■JXの名称は、ジャパンの「J」と未知を示す「X」からきている

■石油精製・販売大手の新日本石油株式会社(現・JX日鉱日石エネルギー株式会社)と新日鉱ホールディングス株式会社(現・JX日鉱日石金属株式会社)が、経営統合することを目的として共同で株式移転を実施し、設立された


高萩光紀(たかはぎ・みつのり)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。JXホールディングス株式会社の初代社長。1940年12月3日東京で生まれる。一橋大学法学部卒業。日本鉱業(現・JX日鉱日石エネルギー)入社。2002年にジャパンエナジー代表取締役社長 兼 新日鉱ホールディングス取締役。2010年にJXホールディングス社長に就任


松下功夫(まつした・いさお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。JXホールディングス株式会社の2代目社長。1947年4月3日生まれ。静岡県吉田町出身。東京大学教育学部卒業。日本鉱業(現・JX日鉱日石エネルギー)入社。石油海外部長、理事財務部長。新日鉱ホールディングの常務取締役。JX日鉱日石エネルギーの副社長。2012年にJXホールディングス株式会社の社長に就任


内田幸雄(うちだ・ゆきお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。JXホールディングス株式会社の3代目社長。福井県出身。京都大学法卒。日本鉱業(現・JX日鉱日石エネルギー)入社。2014年 JXホールディングス 取締役副社長執行役員。2015年に社長就任

日本マクドナルド株式会社

日本マクドナルドの歴代社長


初代:藤田田(創業者)
2代:八木康行(2002年~2004年)
3代:原田泳幸(2004年~2013年)
4代:サラ・カサノバ(2013年~)


■日本マクドナルド株式会社は、日本においてハンバーガーチェーンのマクドナルドを経営する企業である

■2002年 日本マクドナルドホールディングス株式会社に商号変更。同時に会社分割により、100%子会社の(新)日本マクドナルド株式会社を設立し、ハンバーガーレストラン事業を承継して、日本マクドナルドホールディングス株式会社が持株会社となる


藤田田(ふじた・でん)略歴・経歴(プロフィール)
【1926年~2004年】日本マクドナルド、日本トイザらス創業者。大阪府大阪市淀川区生まれ。1951年、東大法学部卒業。在学中にGHQの通訳を務めたことがきっかけで「藤田商店」を設立。学生起業家として輸入業を手がける。1971年、日本マクドナルド㈱設立。わずか10年余りで日本の外食産業で売上一位を達成。1989年、日本トイザらス㈱設立。2001年、ジャスダック市場に上場。78歳で没


原田泳幸(はらだ・えいこう)略歴・経歴(プロフィール)
アップルコンピュータ株式会社社長兼米国アップルコンピュータ社副社長、日本マクドナルド会長などを経て、(株)ベネッセホールディングス社長に就任。1948年12月3日生まれ。長崎県佐世保市出身。東海大学工学部通信工学科卒。著書「とことんやれば、必ずできる」「ハンバーガーの教訓―消費者の欲求を考える意味」「日本マクドナルド社長が送り続けた101の言葉」など


サラ・カサノバ略歴・経歴(プロフィール)
日本マクドナルド代表取締役社長兼CEO。カナダ出身。1991年1月にマクドナルドカナダ入社。2001年7月にマクドナルドカナダマーケティング シニアディレクター。2004年10月に日本マクドナルド マーケティング本部執行役員。2009年7月にマクドナルドマレーシアマネージングディレクター。2013年8月に日本マクドナルド代表取締役社長兼CEO。2014年3月25日に 日本マクドナルドホールディングス 代表取締役社長兼CEO

アサツー ディ・ケイ(ADK)

アサツー ディ・ケイの歴代社長


稲垣正夫(1956年~1993年。創業者)
多氣田力(1996年~2001年)
長沼孝一郎(2001年~2010年)
清水與二(2010年~2013年)
植野伸一(2013年~)


■株式会社アサツー ディ・ケイは、日本の広告代理店。略称はADK(エーディーケー)

■電通、博報堂に次ぐ国内3位の広告会社である


稲垣正夫(いながき・まさお)略歴・経歴(プロフィール)
【1922年~2015年】日本の実業家。広告代理店の旭通信社(現・ アサツー ディ・ケイ)の創業者。愛知県出身。終戦後、外務省や出版社に勤め、1956年にADK前身の旭通信社を創業。1987年に広告会社として初の株式公開を果たした。1999年に第一企画と合併。約55年にわたって代表取締役を務め、電通、博報堂に次ぐ国内3位の広告会社に育てた。日本広告業協会副理事長、日本広告業厚生年金基金理事長なども歴任した。享年92


多氣田力(たけだ・つとむ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。アサツー ディ・ケイの社長を務めた。昭和12年5月13日三重県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。㈱旭通信社(現㈱アサツー ディ・ケイ)入社。第一営業本部長、常務取締役を経て、1996年に代表取締役社長に就任


植野伸一(うえの・しんいち)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。アサツー ディ・ケイの社長。昭和29年2月17日生まれ。同志社大学商学部卒業。1976年、前身の旭通信社に入社。第5営業局長、執行役員関西支社長、同コーポレート本部長などを経て2008年から取締役執行役員、2013年3月に社長に就任

ヨネックス株式会社

ヨネックスの歴代社長


初代:米山稔(1958年~1997年。創業者)
2代:米山宏作(1997年~2007年。米山稔の弟)
3代:米山勉(2007年~2015年。米山稔の長男)
4代:林田草樹(2015年~ )


■ヨネックス株式会社は、東京都文京区に本社を置くスポーツ用品メーカーである。バドミントン用品に関しては、世界的に圧倒的なシェアを持つ

■1946年に米山稔が新潟県(現・長岡市)で「米山木工所」を創業したのがヨネックスのはじまりである。当初は漁業用の木製浮きを製造していた

■1957年 バドミントン用ラケットへと製造品目を転換

■1958年 株式会社に改組、米山製作所に社名を変更


米山稔(よねやま・みのる)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。現・ヨネックス創業者。1924年、新潟県長岡市(旧三島郡越路町)で生まれる。三波春夫(歌手)とは少年時代からの友人。塚野山高等小学校卒業。戦時中、沖縄で従軍。1957年よりバトミントン・ラケットの製造を開始。1958年、米山製作所(現・ヨネックス)設立。社長。1997年会長


林田草樹(はやしだ・くさき)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。ヨネックス株式会社の4代目社長。熊本県熊本市出身。1980年にヨネックススポーツ(現ヨネックス)に入社。1981年に青山学院大経卒。2007年に常務取締役。2011年に専務。2015年6月23日社長に就任した

株式会社オープン・エー

オープン・エーの歴代社長


馬場正尊(オープン・エーの設立者で代表) 


■株式会社オープン・エーは建築設計・監理、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、都市計画、不動産の賃貸、管理、シェアハウス、シェアオフィスの運営、管理、編集・執筆などを行う会社である

■本社所在地:東京都中央区日本橋本町 4-7-5

■設立:2003年 6月

■代表の馬場正尊は都市の空地を発見するサイト「東京R不動産」を運営していることで知られる

■「東京R不動産」はこだわりの家を見つける人々に人気の物件紹介サイトである。これまでの常識だった「駅徒歩◎分」や「南向き」などの立地条件ではなく、「こだわりの洗面所」や「目の前が海」など、“物件そのものの価値”に目を向けた紹介が人気を呼んでいる。賃貸から売買物件まで取りそろえ、今や年間500万ページビューの人気サイトへと成長した

■馬場正尊(ばば・まさたか)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。東北芸術工科大学准教授、建築家。株式会社オープン・エーの設立者。人気物件紹介サイト、「東京R不動産」の運営者。1968年佐賀県で生まれる。早稲田大学理工学部建築学科大学院修了。1994年より(株)博報堂にて「世界都市博覧会」「東京モーターショー」などの大型事業の計画・実施に携わる。1998年早稲田大学理工学部建築学科博士課程。2003年Open A Ltd.設立

■その他の主要メンバー
・馬場歩美
・橋本誠二
・大橋一隆
・平岩祐季
・塩津友理
・中沢かおり
・福井亜啓
・大我さやか
・鈴木みのり

共英製鋼株式会社

共英製鋼の歴代社長


共英製鋼の歴代社長
森田浩二(2015年6月22日相談役に退く)
森光広(2015年6月22日社長に就任)


■共英製鋼株式会社(きょうえいせいこう)は、日本の電気炉を用いて鉄鋼製品を製造するメーカーである

■主に鉄スクラップを資源として利用し、鉄筋棒鋼を主とした建設用鋼材を作り出す資源循環の一翼を担っている

■新日鐵住金資本で日本の電炉業界では第2位。マンションなどの鉄筋コンクリート用棒鋼では国内シェア1位。医療廃棄物・産業廃棄物の処理も手掛ける


森光広(もり・みつひろ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。共英製鋼株式会社の社長。熊本県出身。1970年(昭和45年)関西外大外卒。共英製鋼に入社。2006 年に取締役。2009年に顧問。2015年に社長に就任


沿革
■1947年8月 共栄製鉄株式会社設立。

■1948年9月 共英製鋼株式会社に社名変更

■2006年12月 東証・大証の第一部に上場


■会社概要
商号:共英製鋼株式会社
本社所在地:大阪市北区堂島浜一丁目4番16号
設立年月日:昭和22年8月21日
資本金:185億16百万円
従業員数:712名(平成26年3月31日現在)
連結売上高:1,747億円(平成26年3月期)
単体売上高:1,082億円(平成26年3月期)

城南信用金庫

城南信用金庫の歴代理事長


城南信用金庫歴代理事長
初代:代田朝義(六郷信用組合長、大田区長など歴任)
2代:酒井熊次郎(入新井信用組合長、初代の現・信金中央金庫会長)
3代:小原鐵五郎
4代:杉村安治
5代:橋本造酒蔵
6代:真壁実
7代:鈴木康之
8代:宮田勲
9代:深澤浩二
10代:吉原毅(2010年~2015年)
11代:守田正夫(2015年~)


■城南信用金庫(じょうなんしんようきんこ)は、東京都品川区に本店を置く信用金庫である

■営業地域は、東京都港区青山から神奈川県厚木市にわたる

■設立:1945年(昭和20年)8月


小原鐵五郎(おばら・てつごろう)略歴・経歴(プロフィール)
【1899年~1989年】城南信用金庫3代目理事長。東京都生まれ。大正8年、大崎信用組合(現・城南信用金庫)に入行。昭和31年、城南信用金庫理事長、昭和50年、会長。他方、全信連会長等を兼任し、信金界の実力トップとして中小企業金融拡大に尽力した。89歳で没。死後、約100億円の遺産が小原白梅育英基金に寄付された


吉原毅(よしわら・つよし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。城南信用金庫10代目理事長。1955年東京都で生まれる。 麻布高校卒業。慶應義塾大学経済学部卒業。城南信用金庫入庫。企画部配属となり小原鉄五郎会長の薫陶を受ける。理事兼企画部長、専務理事。2010年に理事長に就任


守田正夫(もりた・まさお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。城南信用金庫11代目理事長。1980年に明治大商卒。城南信用金庫に入庫。2012年に執行役員、2013年に常勤理事。2015年6月18日 理事長に就任

株式会社資生堂

資生堂の歴代社長


資生堂歴代社長
初代:福原信三(1915年~1940年)
2代:松本昇(1940年~1954年)
3代:伊与田光男(1954年~1959年)
4代:伊藤隆男(1959年~1964年)
5代:森治樹(1964年~1967年)
6代:岡内英夫(1967年~1975年)
7代:福原信和(1975年~1978年)
8代:山本吉兵衛(1978年~1984年)
9代:大野良雄(1984年~1987年)
10代:福原義春(1987年~1997年)
11代:弦間明(1997年~2001年)
12代:池田守男(2001年~2005年)
13代:前田新造(2005年~2011年)
14代:末川久幸(2011年~2013年)
15代:前田新造(2013年~2014年)
16代:魚谷雅彦(2014年~)


■株式会社資生堂(しせいどう)は、化粧品の製造・販売を主な事業とする日本の企業である

■化粧品の日本国内シェア第1位の化粧品メーカーであり、世界では第5位である


福原有信(ふくはら・ありのぶ)略歴・経歴(プロフィール)
【1848年~1924年】日本の実業家。資生堂の創業者。安房国松岡村(現・千葉県館山市)の郷士の家に生まれた。現・東京大学医学部で西洋薬学を学ぶ。卒業後、海軍病院薬局長となる。その翌年の1872年、23歳の時には、官を辞して、民間初の洋風調剤薬局となる資生堂を銀座に開業した


松本昇(まつもと・のぼる)略歴・経歴(プロフィール)
【1886年~1954年】 資生堂元社長。香川県生まれ。高松商業を経て早稲田大学商学部に入学したが中退。百貨店経営を学ぶために渡米して、ニューヨーク大学へと進んだ。皿洗いや百貨店勤務をこなしながらの8年間に及ぶ苦学生時代に出会ったのが、資生堂初代社長であった。帰国後は社長に招かれ、資生堂の支配人に就任。乱売合戦が吹き荒れる化粧品業界において松本は、適正利潤、適正規模による適正価格を守ることを強く主張。「チェーンストア制度」を導入することが、業界だけではなく、消費者にとっても重要だと考えた。資生堂の基盤を築いた松本は、人心掌握にも長けていた。1950年には政界に進出。参議院議員として、一企業のみならず、業界のために東奔西走した


福原義春(ふくはら・よしはる)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。資生堂10代目社長、名誉会長を歴任。1931年3月14日生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。祖父は資生堂創業者の福原有信


前田新造(まえだ・しんぞう)略歴・経歴(プロフィール)
株式会社資生堂代表取締役会長兼執行役員社長。1947年2月25日生まれ。大阪府八尾市出身。慶應義塾大学文学部社会学科卒


魚谷雅彦(うおたに・まさひこ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社資生堂の16代目社長。1954年6月2日生まれ。奈良県出身。同志社大学卒業後、ライオン歯磨(現:ライオン)勤務を経て、クラフト・ジャパン(現:モンデリーズ・ジャパン)において副社長を歴任。1994年、日本コカ・コーラ入社、2001年社長就任。2006年会長就任。2008年NTTドコモ顧問就任。2013年資生堂マーケティング統括顧問に就任。2014年代表取締役執行役員社長に就任

株式会社丸栄

株式会社丸栄の歴代社長


江崎美治洋(2008年~2011年)
京極修二(2011年~2015年)
野原太二雄(2015年~2017年)
浜島吉充(2017年~ )


■株式会社丸栄(まるえい)は、名古屋市中区栄に所在する日本の百貨店である

■名古屋において4M(松坂屋、三越、名鉄百貨店、丸栄)の一角と言われる名門

■丸栄とは『栄の地で丸く栄える』という意味から来ている

■松坂屋が圧倒的な存在を持つ名古屋の百貨店業界にあって、差別化の観点からカジュアル路線を採っている

■筆頭株主は医薬品メーカーの興和株式会社

■設立:1943年(昭和18年)8月27日

■市場情報:東証1部、名証1部


京極修二(きょうごく・しゅうじ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社丸栄の社長を務めた。1947年9月生まれ。東京都出身。1970年4月に興和入社。大阪繊維第二部長、繊維営業本部長、大阪支店支店長、興和紡績非常勤監査役。2008年に丸栄代表取締役常務総務本部・法務室・内部監査室担当。2011年に丸栄社長に就任


■野原太二雄(のはら・たにお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社丸栄の社長。岐阜県出身。1973年に金沢大学薬学卒業。興和に入社。取締役常務執行役員。2015年に丸栄の社長に就任

アシアナ航空株式会社

アシアナ航空の歴代社長


現社長:金秀天(キム・スチョン)。2015年4月現在
現副社長:山村明好(元全日空(ANA)パイロット)2015年4月現在


■アシアナ航空株式会社は、韓国の航空会社である

■韓国の大手財閥・錦湖アシアナグループの一員

■1988年に「最高の安全とサービスによる顧客満足」という経営理念のもと創立され、グローバルな航空会社として成長してきている

■社名の「アシアナ」はラテン語で「アジアの」を意味する語である

■錦湖アシアナグループ(クムホアシアナグループ)は、韓国全羅道を拠点とする航空をはじめとした運輸業、石油化学産業を中核とする財閥系企業である

■会長は朴三求。日本ではグループ内のアシアナ航空、クムホタイヤの知名度が高い

■アシアナ航空は2013年7月現在、韓国国内線12都市14路線、国際線(旅客部門)22カ国/67都市/91路線、国際線(貨物部門)23カ国/71都市/23路線に就航。国際線のうち日本は16都市で、主要空港のほか地方空港への直行便もある

■航空連合「スターアライアンス」加盟

■機内サービスが充実しており、2007年以来、英国の航空サービスリサーチ会社「スカイトラックス」から「5つ星航空会社」の認定を受けている
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