大塚家具

株式会社大塚家具の歴代社長


初代:大塚勝久(創業者)
2代:大塚久美子(勝久の長女。2009年~2014年7月))
3代:大塚勝久(2014年7月~2015年1月)
4代:大塚久美子(2015年1月~)


■2009年創業40周年を機に、創業者であり父親である勝久の後任として長女の久美子が社長に就任。しかし2014年7月に解任される

■勝久が会長兼社長となる(2014年7月~2015年1月)

■2015年1月28日に久美子が社長に復帰。勝久は代表権のある会長に就任

■株式会社大塚家具は、東京都に本社をおく家具販売会社である。会社の商号としては株式会社大塚家具であるが、一般にはコーポーレートブランドネーム(商標)として「IDC大塚家具」(アイディーシーおおつかかぐ)の名称を用いている


大塚勝久略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。大塚家具創業者。1943年、桐タンスの名産地・埼玉県春日部市生まれ。桐タンス職人の父親の店を子供の頃から手伝う。1969年、独立し、株式会社大塚家具センターを設立。国内最大の規模を誇る有明本社ショールームを始め、三越の新宿南館と横浜店、大阪南港ショールーム、2004年にはみなとみらいと、次々と大型ショールームを展開した


大塚久美子(おおつか・くみこ)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社大塚家具の社長。1968年2月26日生まれ。埼玉県出身。1991年一橋大学経済学部を卒業し、富士銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に入社。1994年家業の大塚家具に入社。経営企画部長、経理部長、営業管理部長、広報部長、商品本部長等を歴任し社長に就任
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ニッカウヰスキー

ニッカウヰスキー歴代社長


竹鶴政孝(創業者。1934年に設立。1943年に社長就任)
竹鶴威(1990年、1992年-1994年、1996年-1998年。3度社長を務める)
山下弘(2005年に社長就任)
中川圭一(2010年3月~2016年3月)
岸本健利(2016年3月~ )


竹鶴政孝(たけつる・まさたか)略歴
1894年~1979年(明治27年~昭和54年)ニッカウヰスキー創業者。広島県竹原市生まれ。大正5年、大阪高等工業卒。摂津酒造に入社後、英スコットランドでウイスキーづくり研究に従事。帰国後、寿屋(現・サントリー)に入社。昭和9年、北海道余市町で大日本果汁(現・ニッカウヰスキー)創業。84歳で没


竹鶴威(たけつる・たけし)略歴
【1924年~2014年】日本のウイスキー製造者、技術者、会社経営者。ニッカウヰスキー社長、会長を歴任。1924年3月6日生まれ。北海道大学工学部応用化学科卒業。母・延代の弟でニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝の養子になる。現・ニッカウヰスキーに入社。1985年に同社社長に就任した。2014年12月17日、老衰のため自宅で死去した。享年90


山下弘(やました・ ひろし)略歴
日本の経営者。ニッカウヰスキーの代表取締役社長を務めた。1947年生まれ。北海道函館市出身。北海道大学農学部卒業。1970年ニッカウヰスキー入社。アサヒビール酒類事業本部副本部長などを歴任。2002年アサヒビール執行役員。2005年ニッカウヰスキー株式会社代表取締役社長就任


■ニッカウヰスキー株式会社
設立1934年(昭和9年)
従業員数:296名(平成25年12月31日現在)
資本金:100百万円(平成25年12月31日現在)
本社所在地:東京都港区南青山5丁目4番31号


■事業内容
・ウイスキー、ブランデー、スピリッツ、リキュール類、シードル、焼酎等の製造


■国内工場
北海道工場(余市蒸溜所)
仙台工場(宮城峡蒸溜所)
弘前工場(青森県弘前市)
栃木工場(栃木県さくら市)
柏工場(千葉県柏市)
西宮工場(兵庫県西宮市)
門司工場(福岡県北九州市)

山田養蜂場

株式会社山田養蜂場の歴代社長


初代:山田政雄(1948年に養蜂場を創業)
2代:山田英生(政雄の長男。1995年~)


■株式会社山田養蜂場(やまだようほうじょう)は、岡山県苫田郡鏡野町に本社を置くミツバチ産品の通信販売を行う企業である


■関連企業
株式会社ミコー
株式会社ヤマダビーコスメティック
株式会社ヤマダビーコミュニケーションズ
株式会社ヤマダメーリングサービス
ロゼット株式会社
株式会社サプリメントジャパン
免疫分析研究センター株式会社
株式会社IWD社



山田政雄(やまだ・まさお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。株式会社山田養蜂場の創業者。徳島県出身。1948年に養蜂場を創業し、女王バチの餌で豊富な栄養素を含むローヤルゼリーの大量生産に成功した。2015年死去。享年87


山田英生(やまだ・ ひでお)略歴・経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社山田養蜂場の2代目社長。1980年 八幡大学(現九州国際大学)法経学部卒業。大学卒業後3年間他企業に勤務。1983年 山田養蜂場に入社。1994年 通信販売会社株式会社ミコー設立。1995年 山田養蜂場代表取締役就任

タツノコプロ

株式会社タツノコプロの歴代社長


初代:吉田竜夫(創設者)
2代:吉田健二(竜夫の弟)
3代:九里一平(竜夫の末弟)
4代:成嶋弘毅(2005~2010年)
5代:佐藤慶太(タカラトミー副社長。タカラの創業者の次男。2010~2012年)
6代:田中修一郎(2012~2014年)
7代:桑原勇蔵(2014年~)


■1962年(昭和37年) 10月19日、 漫画家の吉田竜夫が、自身のマネージャーを務めていた弟の吉田健二らと共に「株式会社竜の子プロダクション」(現・タツノコプロ)を設立

■2005年6月末 大手玩具メーカータカラ(現: タカラトミー)が吉田家から株式の88%を取得、タカラ傘下に

■2005年7月1日 吉田健二会長と九里一平社長が退任。吉田洋子、吉田富子ら一族の役員も全員退任し、吉田家がタツノコプロの経営から離れる

■2014年1月29日 日本テレビ放送網がタカラトミーが保有する株式のうち、発行済み株式54.3%を取得し子会社化すると発表。タカラトミーは引き続き株式20%を保持し、提携関係を継続する


吉田竜夫(よしだ・たつお)略歴・経歴(プロフィール)
【1932年~1977年】日本の昭和時代中期から後期の漫画家、アニメ原作者。アニメ製作会社竜の子プロダクション(タツノコプロ)の設立者・初代社長。1932年3月6日、京都府京都市で生まれた。1962年10月、「株式会社竜の子プロダクション」(たつのこプロダクション)として設立。1970年代を中心に、多くの人気作品を世に出した。コーポレート・キャラクターはタツノオトシゴである。1977年9月5日、肝臓がんのため死去。享年45


吉田健二(よしだ・けんじ)略歴・経歴(プロフィール)
1935年1月1日生まれ。京都府出身の日本のアニメプロデューサー、漫画原作者、イラストレーター。アニメ制作会社の竜の子プロダクションの第2代社長、初代会長


九里一平(くり いっぺい)略歴・経歴(プロフィール)
本名は吉田豊治(よしだ・とよはる)。1940年1月1日 生まれ。京都府京都市出身の漫画家、アニメーション制作会社タツノコプロ第3代社長


成嶋弘毅(なるしま・こうき)略歴・経歴(プロフィール)
1942年生まれ。日本の実業家・アニメ製作者。竜の子プロダクション(タツノコプロ)4代社長。また空手家・空手道場も主宰しており、極真会館の元選手で現師範代の成嶋竜の父にあたる


佐藤 慶太(さとう けいた)略歴・経歴(プロフィール)
1957年12月15日生まれ。日本の実業家。タカラトミー特別経営顧問(元副社長)、タカラトミーアーツ及び竜の子プロダクション元代表取締役社長。千葉県出身。タカラトミーの前身の1社である玩具メーカー・タカラの創業者、佐藤安太の次男

江見屋かけつぎ専門店

江見屋かけつぎ専門店の歴代社長


初代:松本孝夫(創業者)
2代:松本好孝(孝夫の次男)
 

■松本孝夫(まつもと・たかお)経歴(プロフィール)
日本の「かけつぎ職人」。有限会社江見屋かけつぎ専門店の創業者。1942年生まれ。兵庫県神戸市出身。高校卒業後、名古屋で修行する。1962年「江見屋かけつぎ専門店」創業。2007年、名古屋市技能功労者表彰。2011年、愛知県優秀技能者表彰


■松本好孝経歴(プロフィール)
江見屋かけつぎ専門店2代目社長。血液型B型。愛知県名古屋市出身。名古屋市在住。愛知高等学校卒業。愛知学院商学部経営学科卒業。創業者である父親の後を継ぎ江見屋かけつぎ専門店2代目社長に就任


■企業理念は「一針入魂」
かけつぎというものは、他の修理と比べると決して安くはありません。なぜなら、細かい一本一本の糸で、その生地を再現するため非常に細かな作業となり、その分、技術の差がはっきりと出てしまうからです。せっかく高いお金を出すならその分綺麗に仕上げたい。なによりお客様の仕上がりを見たときの喜びと感動を与えたい。私共全員がそう思い「一針入魂」の精神で取り組んでおります

ジャパネットたかた

株式会社ジャパネットたかたの歴代社長

初代:高田明(創業者。1986年~2015年)
2代:高田旭人(明の長男。2015年~) 


■会社の創立記念日である2015年1月16日に創業者の高田明が社長を退き、後任に長男の旭人(あきひと)が2代目社長に就任した


■高田明(たかた・あきら)略歴
日本の実業家。通販会社、株式会社ジャパネットたかた創業者。長崎県平戸市でカメラ店の次男として生まれた。大阪経済大学経済学部卒


■高田旭人(たかた・あきひと)略歴
日本の経営者。株式会社ジャパネットたかたの2代目社長。1979年生まれ。東京大学教養学部卒業。2002年 野村證券に入社。2003年にジャパネットたかたに入社。2015年1月に35歳で ジャパネットたかた 2代目社長に就任


■株式会社ジャパネットたかた
設立:1986年1月16日
設立者:高田明
資本金:1億円
売上高:1423億円(※2013年12月期)


■事業内容
・商品のバイイング
・ショッピング媒体(テレビ、ラジオ、紙、Web)制作
・商材マーケティング

株式会社ロッテ

ロッテの歴代社長


初代:重光武雄(創業者。1948年~2009年)
2代:佃孝之(2009年~ )


■株式会社ロッテは、1948年に韓国出身の在日韓国人一世である重光武雄が創業


■東京都新宿区に本社を置く日本国内大手の菓子メーカー


■社名はドイツの文豪ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のヒロイン「シャルロッテ」に由来する


■株式会社ロッテ
創業日:昭和23年6月
資本金:2億1,700万円
本社所在地:東京都新宿区西新宿3-20-1
売上高:約4,077億円(ロッテグループ合算)※2014年3月期
従業員数:約4,500名(ロッテグループ合算)※2013年3月現在
事業内容:菓子、アイスクリームなどの製造、ゴルフ場経営、ホテル経営


■重光武雄(しげみつ・たけお)略歴
1922年~(大正11年~)ロッテ創業者。韓国慶尚南道(現・蔚山広域市)出身の在日韓国人一世。本名は辛格浩(シン・キョクホ)。18歳の時に日本に渡り、新聞・牛乳配達などをしながら、早稲田実業学校卒業。オイル生産工場を設立するも戦争で全焼。石鹸製造によって事業を持ち直し、駐屯する米国兵が噛んでいたガムに注目する。すぐさま風船ガムを売り出して大ヒットを放った。そしてロッテを設立しチューイングガム事業に本腰を入れる。外食産業、ホテル産業、プロ野球球団の経営と多角的な経営を成功させる


■佃孝之(つくだ・たかゆき)略歴
東京都出身。早稲田大学卒業。1968年 住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。同行専務に就任。2001年 ロイヤルホテルに転じ社長、会長を歴任。2009年7月1日 ロッテホールディングス(東京)と傘下のロッテ(同)の社長に就任。2015年 ロッテ商事社長に就任

東海メディカルプロダクツ

東海メディカルプロダクツ歴代社長


初代:筒井宣政(創業者。1981年~2013年)
2代:筒井康弘(宣政の長女の夫。2013年~)


■株式会社東海メディカルプロダクツは、愛知県春日井市に本社を置く医療機器メーカー


■筒井宣政(つつい・のぶまさ)経歴(プロフィール)
日本の経営者。株式会社東海メディカルプロダクツの創業者。1941 年8月愛知県名古屋市で生まれる。関西学院大学経済学部卒業。東海高分子化学株式会社に入社。 同社専務取締役、同社代表取締役に就任。1981年に株式会社東海メディカルプロダクツを設立し、代表取締役に就任


■筒井康弘(つつい・やすひろ)の挨拶文
「現在の日本は世界に類を見ない少子高齢化社会を迎え、社会構造も大きく変化しています。それに伴い、医療機器業界を取り巻く環境も大きく変化しております。変化への対応はときに困難を伴いますが、これは、むしろ、弊社の成長の糧であり、高い倫理観を持って、進んで立ち向かい社会の要請に応えてまいります。そして、私たちは常に品質を最優先し、医療機関、患者様に信頼される会社であり続けます」 

加賀屋

加賀屋の歴代社長


初代:小田與吉郎(1906年(明治39年)「加賀屋」創業)
2代:
3代:小田禎彦
4代:小田孝信


■加賀屋は1906(明治39)年に加賀国津幡(現石川県津幡町)出身の小田與吉郎が創業


■2000年4月に小田孝信が4代目社長に就任


■小田禎彦(おだ・さだひこ)経歴(プロフィール)
日本の経営者。老舗旅館「加賀屋」3代目社長。石川県出身。立教大学経済学部卒業後、祖父が興した加賀屋に入社。加賀屋社長・会長のほか、七尾商工会議所副会頭、和倉温泉旅館協同組合理事長、七尾マリンシティ推進協議会会長、石川県人事委員会委員、七尾市観光協会会長、能登半島広域観光協会理事長、石川県観光連盟副会長、JTB協定旅館ホテル連盟会長などを務めた


■小田孝信(おだ・たかのぶ)経歴(プロフィール)
石川県の老舗旅館「加賀谷」の4代目社長。慶応大商学部卒業後、1996年に日本交通公社(現JTB)に入社。家業を継ぐため68年に加賀屋に移り、専務を経て2000年4月に4代目社長に就任。座右の銘は「笑顔で気働き」。趣味は旅行とネクタイ収集。七尾商工会議所副会頭、和倉温泉観光協会長

ユニ・チャーム

ユニ・チャーム歴代社長


初代:高原慶一朗(創業者)
2代:高原豪久(一朗の息子。2001年社長に就任)


■ユニ・チャーム株式会社は、生理用品、紙おむつ(赤ちゃん用、大人用)などの衛生用品の大手メーカーである

■タンポンやナプキンなどの生理用品や紙おむつで日本国内のトップシェアを誇る。アジア各国へも進出している

■みどり会の会員企業でもある

■2001年に高原豪久が創業者から引き継ぎ社長に就任した


高原慶一朗(たかはら・けいいちろう)略歴
1931年~(昭和6年~)ユニ・チャーム創業者。愛媛県川之江市生まれ。昭和28年、大阪市立大学商学部卒。関西紙業、城山製紙勤務を経て、昭和36年、29歳で独立して大成化工㈱を設立。昭和38年、生理用ナプキン分野に進出。昭和49年、ユニ・チャーム㈱を設立して社長に就任。このあと相次いで関連企業を設立するなど、積極果敢なる戦略展開で現在のユニ・チャームグループへと育てあげた

高原豪久(たかはら・たかひさ)略歴
日本の経営者。ユニ・チャーム2代目社長。愛媛県出身。1986年、成城大学経済学部卒業。三和銀行(のちの三菱東京UFJ銀行)に入行。1991年、ユニ・チャームに入社。2001年、社長に就任
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